訳:Yoshiki Tsurumaki , Chisaki Kishi , Mana Sugimoto
2023年は、コンプライアンス及びボランタリーメカニズムの両面から、カーボントレーディングが世界的に拡大し、強化される年になるであろう。
世界銀行が2022年に発表したCarbon Pricing Dashboardによると、世界中には72の地域、国家、地方レベルのカーボンプライシングイニシアティブ(排出量取引スキーム(ETS)及び炭素税制度を含む)があり、これは世界の温室効果ガス(GHG)排出量の約18%に相当する。これには、2021年の後半に導入され、1期目の途中にある中国のETSも含まれている。
7億人近い人口を抱え、エネルギー消費ニーズが急速に高まる東南アジアは、2050年までにネットゼロを目指して温室効果ガス(GHG)排出量を削減する世界の取り組みにおいて、重要な役割を果たすことになるであろう。
この地域のカーボントレーディングとオフセットは、東南アジアやその他の地域で発生する排出を補う上で重要な役割を果たす。カーボンクレジットの完全性を高めるためのテクノロジーを活用したシンガポールの先駆的な取り組みから、規制されたカーボンマーケットに向けたインドネシアの新しい枠組みまで、この地域の国々は、ネットゼロへの移行及びカーボントレーディングが果たすべき役割にますます注力しつつある。
より詳しい情報については、弊所のdevelopment of carbon trading markets in Southeast Asiaをご参照ください。
中南米のブラジルやチリ、アジアのインドネシアやマレーシア、アフリカのガボンやナイジェリアなど、世界中で35以上のスキームが実施を予定され、また検討されている。
弊所のCarbon Markets Seriesの最新版は、変化がもたらされている世界各地の制度を紹介している。これには、規制されたETSマーケット及び他のメカニズムも含まれている。カーボントレーディングの概要については、 弊所のExplainerをご参照ください。

欧州連合(EU)
2005年に創設された EUのETSは、温室効果ガス(GHG)の削減するための世界初(そして最大)のキャップ&トレード制度である。
排出枠の調達方法:入札によるが、一部の企業(電気事業者以外)は無償で排出枠の分配を受けることができる。
対象地域:全EU加盟国、リヒテンシュタイン、ノルウェー及びアイスランド(EEA-EFTA)。
規制マーケット-キャップ&トレード:EUのETSは、年間GHG排出量の全体に上限を設け、EU加盟国の企業(規制対象セクター内)は排出するCO2、1トンごとに排出枠(EUA)を保有する必要がある。EUAの一部は、特定の企業(企業のセクター及びEU加盟国によって異なる)に無償で分配される。残りはEU加盟国によって入札にかけられる。また、EUAは規制対象企業間で取引することも可能である。
EUのETSは、2019年の市場安定準備メカニズムを採用するなど、定期的な修正を経て発展してきた。このメカニズムは、供給が多いときは排出枠を減らし、供給が少ないときは排出枠を放出することでEUAの価格を調整するものである。
セクター:EUのETSは現在、11,000以上の発電所及びエネルギー集約型産業(アルミニウム、鉄、セメント及びガラス生産など)に従事する工場、EEA-EFTA内の商用航空を対象としている。
対象範囲:EUのGHG排出量の約40%。
GHGの種類:二酸化炭素、亜酸化窒素及びパーフルオロカーボン。
アメリカ合衆国
連邦レベルのカーボントレーディングマーケットは存在しないが、カリフォルニア州及びワシントン州を筆頭に、いくつかの州が独自のカーボントレーディングマーケットを導入している。
カリフォルニア
2013年に創設された カリフォルニア州のETSは、この種の制度としては米国初であった。このETSは、2006年に制定された画期的な気候変動政策の成立に伴い、同州がかつて実施したキャップ&トレードプログラムを継承するものである。
排出枠の調達方法:入札による。
対象地域:カリフォルニア州全域。カリフォルニア州及びケベック州は2014年にプログラムを統合し、1つの共有カーボンマーケットを創設した。
規制マーケット-キャップ&トレード:カリフォルニア州のETSは、カリフォルニア州の企業が排出できる量に上限を設け、カーボンクレジットを購入又は取引する選択肢を与えるものである。
セクター:発電、製油所、石油・ガス、工業、建築(セメント製造設備など)及び運輸。
カバー範囲:カリフォルニア州のETSは、州の排出量の約80%をカバーしている。
GHGの種類:二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、パーフルオロカーボンなどのフッ素系温室効果ガス。
ワシントン
2023年に創設されている。ワシントン州は、カリフォルニア州に次いで、米国で2番目にこのようなプログラムを義務付ける法律を成立させた州である。
排出枠の調達方法:入札による。
対象地域:ワシントン州全域。なお、Climate Commitment Act (2021)では、一定の条件を満たす場合、将来的に他州との連携が可能となる。またワシントン州は、カリフォルニア州及びケベック州とカーボンマーケットをリンクさせることが有益かどうかを判断するプロセスの途中にある。この決定は2023年7月以降に出る見込みであり、これらのカーボンマーケットをリンクさせることが決定された場合、2025年までにリンクが完了する可能性は極めて低いと考えられる。
規制マーケット-キャップ&インベスト:これは、州が発行するカーボン排出許可の数(上限)を決定し、排出量が25,000トンを超える企業に対して、年4回入札を行うものである。
セクター:対象となる業種は、燃料供給会社、天然ガス、電気事業者、廃棄物発電施設(2027年より開始)及び鉄道(2031年より開始)であるが、これらに限定されるものではない。
対象範囲:州全体の排出量の約75%がこのプログラムの対象となる。一般的に、年間25,000トン(CO2換算)を超える排出を行う企業は、このプログラムの対象となっている。
中国
2021年、中国は上海環境エネルギー取引所(China ETS)が運営するカーボントレーディングマーケットを正式に立ち上げた。これは、2030年までにカーボン排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを実現するという、中国経済の脱炭素化のための公約の一環である。
排出枠の調達方法:無償分配による。
対象地域:中国。
規制マーケット-単位ベースの制限:EUのETSとは異なり、中国のETSは絶対的な上限を持たないため、典型的なキャップ&トレードマーケットではない。単位ベースの場合、対象企業は国家的なベンチマーク手法に基づいて排出枠の分配を受ける。その結果、対象の発電所は、発電量あたりの排出量が減少すれば、その分発電量を増加させ、絶対的な排出量を効果的に増加させることができる。
セクター:当初、中国のETSは電力及び熱の生成に注力していた。しかし、今後は、対象セクターを、石油化学、化学、建築材料、鉄鋼、非鉄金属、製紙及び国内航空など、他のエネルギー集中型のセクターにも拡大する予定である。
対象範囲:中国のエネルギーセクターの排出量の40%。
GHGの種類:二酸化炭素。
中国のカーボンマーケットが、初年度に2億トンの取引を達成したことをご存知でしょうか?電力部門のスキームは新たなセクターにも拡大し、今年も力強い成長が期待されています。最新情報は、中国の専門家Su Mengによる an update on China’s carbon marketsをご参照ください。
日本
日本には国が規制するカーボントレーディングマーケットは存在しないが、正式に検討されているところである。地方レベルでは、埼玉県(2011年)及び東京都(2010年)にそれぞれスキームが存在する。2022年9月、日本は全国規模のトレーディングマーケットの試験運用を開始した。以下は、東京のETSの説明である。
2010年4月に創設された 東京都のETSは、エネルギーに関連するCO2を対象とした都市レベルのETSとして初めて創設されたものである。東京都と埼玉県の知事は、2010年9月17日にパートナーシップ協定を締結し、クレジットトレーディングを行うためには両都県が提携することが重要であり、他の主要都道府県に対し、地方レベルでのキャップ&トレードプログラムを導入するよう促すことを表明している。
排出枠の調達方法:排出枠は、各遵守期間の開始時に無償で分配される(各遵守期間の義務は、各遵守期間の終了から1.5年後の期間に達成されなければならない)。
対象地域:東京都。
規制マーケット-キャップ&トレード:東京都キャップ&トレード制度と呼ばれるこの制度は、過去の排出量をもとに事業所の基準値を設定し、3クール、各5年間の遵守期間で構成される。
セクター:産業・商業セクターがエネルギー(電気、ガス及び暖房など)を使用する際に発生させる排出量。原油換算でのエネルギー使用量により、各セクターの義務が異なる。
対象範囲:対象セクターのCO2排出量の約40%。
GHGの種類:二酸化炭素。
韓国
2015年に創設された 韓国のETS(K-ETS)は、2021年に上限が引き下げられ、20の金融機関が参入を許可された。現在、K-ETSは、国内最大の排出事業者684社を対象としている。
排出枠の調達方法:入札による。
規制マーケット-キャップ&トレード:K-ETSは、EUのETS類似のキャップ&トレードシステムを採用している。
セクター:K-ETSは、熱・電力、産業、建築、輸送、廃棄物及び公共セクターを対象としている。フェーズ3(2021-2025)では、運輸業及び建設業に拡大され、サブセクターの数は69に増加した。
対象範囲:国が排出するGHGの約73%。
GHGの種類:二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、パーフルオロカーボン、ハイドロフルオロカーボン及び六フッ化硫黄。
シンガポール
国内に規制されたカーボンマーケットは存在しないが、シンガポールにはカーボンクレジットの交換を可能にするグローバルなマーケットであるClimate Impact X (CIX)が存在する。また、シンガポールは、大規模な排出事業者に対し、長期的な制度として炭素税を引き上げる計画を公表している。シンガポールには炭素税制度もあり、規制対象企業は二酸化炭素の排出量に応じた税金を支払わなければならない。これはマーケットメカニズムではないが、企業は責任のごく一部をクレジットを通じて相殺することができる。
2022年に創設された CIXは、シンガポール取引所(SGX)、シンガポールの政府系ファンドGIC、テマセク、DBS銀行及びスタンダードチャータードの共同イニシアチブである。CIXは、標準化された契約を通じて高品質のカーボンクレジットの取引を促進させ、ボランタリーカーボンマーケットを拡大することを目的としている。CIXのエコシステムは、カーボンマーケット及びカーボン取引所という2つのデジタルプラットフォームで構成されている。
ボランタリーマーケット:CIXは、自発的な性質を持つため、規制対象企業に強制的な目標を課すキャップ&トレードスキームとは異なるものである。
香港特別行政区
シンガポールと同様、香港にも規制されたマーケットは存在しないが、最近、国際的な広がりを見せているボランタリーカーボンマーケットを導入した。コア・クライメート(Core Climate)は、香港証券取引所(HKSE)が2022年10月に立ち上げたもので、カーボンクレジット取引を促進し、香港、中国本土、その他の国のカーボン関連商品をつなげることを目的としている。また、香港には固定価格買取制度が存在する。これは厳密にはマーケットメカニズムではないが、この制度の下、香港の2大電力会社であるCLPパワー及び香港エレクトリックは、グリッドに供給される再生可能エネルギーの電力量を表す再生可能エネルギー証書を発行することができる。太陽光発電又は風力発電を設置した人は、その再生可能エネルギー証書を、通常の電気料金の5倍という高いレートで電力会社に売ることができる。これは、再生可能エネルギーへの投資を促進し、投資回収を早めることを目的としているものである。
2022年に創設された Core Climateは、「地球の未来を確保するためのコミットメント」の一環であるとHKSEは説明している。Core Climateは、国際的な資本及び炭素削減プロジェクト並びに技術を結びつけることを目的としている。
ボランタリーマーケット:Core Climateは、シンガポールのCIXと同様、ボランタリースキーム(コンプライアンスのキャップ&トレードスキームとは対照的)である。
インドネシア
2023年2月に制度が創設された インドネシアでは、現在、発電所に対する強制的なカーボントレーディングの第一段階を迎えている。生産能力が100MWを超える設備に適用される単位ベースのETSは、将来的には、国営電力網であるPerusahaan Listrik Negara(PLN)に直接接続されている99の石炭火力発電所を対象とする。
排出枠の調達方法:無償分配である。
規制マーケット-最終的な「キャップ&タックス」スキーム:新ETSは最終的に、租税調和規制(Harmonisation of Taxation Regulations(No.7-2021))で定められた炭素税と並行して機能することになる。義務を履行しない排出事業者には、国内マーケットのカーボン価格に連動した税率が適用される。事業者は、カーボンマーケットの排出枠を他の事業者の未使用の排出枠から購入したり、カーボンオフセット証書(ボランタリー排出削減プロジェクトに投資して得たもの)を活用することで、税金の控除を受けることができる。
対象地域:インドネシア。
セクター:インドネシアのETSは3段階に分けて実施され、最初は石炭火力発電所のみを対象とする予定である。2025年以降は石油・ガス火力発電所、2028年以降はPLNの送電網に接続されていないその他の石炭火力発電所にもETSの適用範囲を拡大する予定である。
対象範囲:インドネシアのETSは現在、インドネシア国内の発電能力の81.4%を占めている。
GHGの種類:二酸化炭素、メタン及び一酸化二窒素。
カーボントレーディングについてのより詳細な情報(中国のカーボントレーディングマーケットについての情報も含みます)は、弊所のCarbon Markets seriesをご参照ください。
- Development of Carbon Trading Markets in Southeast Asia
- Carbon Trading is Booming Globally – What is it and How Does it Work?
- China’s Carbon Markets – A Key Tool for Achieving Net Zero
- China’s National Carbon market: A Guide for Investors
- Trading Carbon in China: A Game Changer
- ESG – Understanding Carbon Markets in China
- Indonesia’s coal-fired power plants to trade carbon – the latest Southeast Asia milestone
本記事は、ハイレベルな概観及び一般的な情報提供のみを目的としており、法的アドバイスを構成するものではありません。King & Wood Mallesons法律事務所は、対象地域のすべてで法律業務を行っているわけではなく、必要に応じて現地の弁護士と緊密に連携し、クライアントのニーズをサポートして参ります。