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経済安全保障推進法の概要について

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 本年5月11日、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(令和4年法律第43号)(略称:経済安全保障推進法。以下、本稿においては「新法」といいます。)が成立し、同月18日に公布されました。

 新法は、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止することがより重要となってきていることに鑑み、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進することを目的として制定されたものです(新法第1条)。経済安全保障について、確立した定義はありませんが、一般的には、国家及び国民の安全を経済面から確保することと捉えられています。新法は、この経済安全保障の全てをカバーするものではありませんが、閣僚から成る経済安全保障推進会議及び経済安全保障法制に関する有識者会議での議論を踏まえて、特に喫緊の4項目について法制化したものです。新法の概要は、以下のとおりです。

(1)  重要物資の安定的な供給の確保に関する制度(新法第2章)

① 政府による特定重要物資の安定供給確保に関する基本指針の策定

 政府は、経済政策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する全体の基本方針(「基本方針」)に基づき、特定重要物資の安定的な供給の確保に関する基本指針(「安定供給確保基本指針」)を定めることとされました(新法第6条)。

② 特定重要物資の指定

政府は、(i)国民の生存に必要不可欠な若しくは広く国民生活若しくは経済活動が依拠している重要な物資(プログラムを含む。)又はその生産に必要な原材料、部品、設備、機器、装置若しくはプログラムについて、(ii)外部に過度に依存し、又は依存するおそれがある場合において、(iii)外部から行われる行為により国家及び国民の安全を損なう事態を未然に防止するため、(iv)当該物資若しくはその生産に必要な原材料等の生産基盤の整備、供給源の多様化、備蓄、生産技術の導入、開発若しくは改良その他の当該物資等の供給網を強靱化するための取組又は物資等の使用の合理化、代替となる物資の開発その他の当該物資等への依存を低減するための取組により、当該物資等の安定供給確保を図ることが特に必要と認められるときは、政令で、当該物資を特定重要物資として指定することとされました(新法第7条)。

特定重要物資及びその生産に必要な原材料等をあわせて「特定重要物資等」といいます。有識者会議では、半導体、レアアースを含む重要鉱物、大容量電池、医薬品等が特定重要物質として例示されています。また、特定重要物資については、令和4年末までに政令による指定を行うことが目指されています。

③ 民間事業者による供給確保計画の認定・支援措置

民間事業者は、特定重要物資等の安定供給確保のための取組に関する計画を作成し、主務大臣の認定を受けることができ(新法第9条)、認定を受けた事業者は、以下を含む支援を受けることができることとされました。

・主務大臣が指定する安定供給確保支援法人等による助成等の支援(認定供給確保事業者の取組への助成金、認定供給確保事業者へ融資を行う金融機関への利子補給)(新法第31条)

・株式会社日本政策金融公庫による指定金融機関を通じた資金供給(ツーステップローン)(新法第13条)

・中小企業者が認定供給確保事業を行うために設立する会社の株式の中小企業投資育成株式会社法に基づき設立された会社による引受け(新法第27条)

・中小企業に対する信用保険の付保(新法第28条)

④ 特別の対策を講ずる必要がある特定重要物資と政府による取組等

 上記②の民間事業者への支援措置では安定共有確保を図ることが困難な物資については、主務大臣が「特別の対策を講ずる必要がある特定重要物資」として指定し、国による備蓄等の必要な措置を講ずることとされました(新法第44条)。

⑤ 特定重要物資等に係る市場環境の整備

・公正取引委員会との関係:主務大臣は、同一の業種に属する事業を営む二以上の者の申請に係る供給確保計画の認定を行う場合において、必要があると認めるときは、公正取引委員会に意見を求めることができるとされました(新法第29条)。

・関税定率法との関係:主務大臣は、特定重要物資等の外国における生産・輸出について直接又は間接に補助金の交付を受けた貨物、不当廉売された貨物、外国における価格の低落その他予想されなかった事情の変化があった特定の種類の貨物の輸入が我が国の産業に実質的な損害を与え又は与えるおそれがある場合には、関税定率法に基づく補助金相殺関税、不当廉売関税、関税割当の発動に向けた調査を行うことを求めることができることとされました(新法第30条)。

⑥ 報告・資料の徴収

 主務大臣は、各物資の生産・輸入・販売の事業を行う者に対し、その状況について報告又は資料の提出を求めることができることとされました。また、事業者等にはこの求めに応じる努力義務が定められました(新法第48条)。

 

(2)  基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度(新法第3章)

① 政府による基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する基本指針の策定

 政府は、「基本方針」に基づき、特定社会基盤事業者の指定に関する基本的な事項、配慮すべき事項、特定社会基盤事業者その他の関係者との連携に関する事項等を内容とする特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する基本指針(「特定社会基盤役務基本指針」)を定めることとされました(新法第49条)。

② 審査対象

・対象事業(特定社会基盤事業)

 新法で対象事業の外縁(電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融及びクレジットカード)を示したうえで、政令で絞り込み、「特定社会基盤事業」として定めることとされました(新法第50条)。

・対象事業者(特定社会基盤事業者)

 対象事業を行う者のうち、(i)その使用する特定重要設備(機器・プログラム等を含む。具体的には主務省令で指定。)の機能が停止・低下した場合に、(ii)その提供する特定社会基盤役務の安定的な提供に支障が生じ、(iii)これによって国家・国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きいものとして主務省令で定める基準に該当する者を主務大臣が「特定社会基盤事業者」として指定することとされました(新法第50条)。

③ 事前届出・審査

・特定重要設備の導入・維持管理等の委託に関する計画書の事前届出

 特定社会基盤事業者が他の事業者から特定重要設備の導入を行う場合又は他の事業者に委託して特定重要設備の維持管理・操作を行わせる場合には、主務省令で定めるところにより、あらかじめ、当該特定重要設備の導入・維持管理等の委託に関する計画書を作成し、主務省令で定める書類を添付して、主務大臣に届け出なければならないこととされました(新法第52条1項)。そして、この規定に違反して届出をせず、又は虚偽の届出をして、特定重要設備の導入を行い、又は重要維持管理等を行わせた場合には、2年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科することとされました(新法92条1項1号)。

・禁止期間

 原則として主務大臣が届出を受理した日から30日間は当該特定重要設備の導入・維持管理等の委託が禁止とされました。もっとも、主務大臣が、導入・維持管理等の委託の規模、性質等に照らし審査が必要ないと認めるとき、又は審査をした結果、審査期間の満了前に当該特定重要設備が特定妨害行為の手段として使用されるおそれが大きいとはいえないと認めるときは、期間を短縮することができるとされました(新法第52条3項)。また、主務大臣が、審査又は下記④の勧告・命令をするため必要があると認めるときは、届出受理の日から最長4か月間まで期間を延長することができることとされました(新法第52条4項)。そして、禁止期間中に特定重要設備の導入を行い、又は重要維持管理等を行わせた場合には、2年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科することとされました(新法第92条1項2号)。

④ 勧告・命令

・勧告

 主務大臣は、審査の結果、重要設備が我が国の外部から行われる役務の安定的な提供を妨害する行為(「特定妨害行為」)の手段として使用されるおそれが大きいと認めるときは、妨害行為を防止するため必要な措置(重要設備の導入・維持管理等の内容の変更・中止等)をすべきことを勧告することができることとされました(新法第52条6項)。勧告を受けた特定社会基盤事業者は、当該勧告を受けた日から10日以内に主務大臣に対して勧告を応諾するか否か(応諾しない場合はその理由)を通知しなければならないとされました(新法第52条7項)。

・命令

 主務大臣は、勧告を応諾するか否かの通知がないとき、又は応諾しない旨の通知があったとき(正当な理由がある場合を除く)は、勧告に係る変更を加えた導入等計画書を届け出た上で、当該導入等計画書に基づき導入・維持管理等を行わせるべきこと、又は勧告に係る導入等の委託を中止すべきことを命ずることができることとされました(新法第52条10項)。そして、この命令に違反した場合には、2年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科することとされました(新法第92条1項4号)。

・事後的発動

 勧告・命令は、禁止期間内に発動されますが、その後も、国際情勢の変化その他の事情の変更により届出に係る特定重要設備が特定妨害行為の手段として使用され、又は使用されるおそれが大きいと認めるに至ったときは、主務大臣は、勧告・命令を事後的にも発動することができるとされています(新法第55条)。

(3)  先端的な重要技術の開発支援に関する制度(新法第4章)

① 特定重要技術研究開発基本指針の策定

 政府は、「基本方針」に基づき、特定重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用に関する基本指針(「特定重要技術研究開発基本指針」)を定めることとされました(新法第60条)。

② 特定重要技術についての国による支援措置

 政府は、特定重要技術(将来の国民生活及び経済活動の維持にとって重要なものとなり得る先端的な技術のうち、当該技術若しくは当該技術の研究開発に用いられる情報が外部に不当に利用された場合又は当該技術を用いた物資若しくは役務を外部に依存することで外部から行われる行為によってこれらを安定的に利用できなくなった場合において、国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの。具体的には、宇宙・海洋・量子・AI等の分野における先端的な重要技術を想定。)の研究開発等に対する必要な情報の提供、資金の確保、人材の養成及び資質の向上その他の措置を実施することとされました(新法第61条)。

③ 官民パートナーシップ(協議会)

 国の資金により行われる特定重要技術の研究開発等について、その資金を交付する大臣(研究開発大臣)が、個別プロジェクトごとに、研究代表者の同意を得て、研究開発大臣、国の関係行政機関の長、当該特定重要技術の研究開発等の代表者/従事者等を構成員とする協議会を設置することとされました(新法第62条1項)。

 お互いの了解の下で共有される機微情報については、協議会構成員に対し、適切な情報管理と国家公務員と同等の守秘義務が課されます(新法第62条7項)。

④ 調査研究業務の委託(シンクタンク)

 内閣総理大臣は、特定重要技術の見定めや研究開発等に資する調査研究を、一定の能力を有する法人(特定重要技術調査研究機関)に委託することができることとされました(新法第64条2項)。特定重要技術調査研究機関には守秘義務が求められます(新法第64条4項)。

(4)  特許出願の非公開に関する制度(新法第5章)

① 特許出願の非公開に関する基本指針の策定

 政府は、「基本方針」に基づき、特許出願に係る明細書等に記載された発明に係る情報の流出を防止するための措置(「特許出願の非公開」)に関する基本指針(「特許出願非公開基本指針」)を定めることとされました(新法第65条)。

② 特許庁による技術分野等に基づくスクリーニング(第一次審査)

 特許庁長官は、公にすることにより国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含まれる技術分野(「特定技術分野」、核技術・先進武器技術等のうちの一部。)に属する発明の特許出願を内閣総理大臣に送付し、審査を行うこととされました(新法第66条)。

③ 内閣総理大臣による保全審査(第二次審査)

 上記第一次審査に加えて、内閣総理大臣は、国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれの程度や発明を非公開とした場合に産業の発達に及ぼす影響等を考慮のうえ、発明の情報を保全することが適当と認められるかの審査(保全審査)を第二次審査として行うこととされました(新法第67条1項)。内閣総理大臣は、保全審査のため必要があると認めるときは、特許出願人その他の関係者に対し、資料の提出及び説明を求めることができることとされ(新法第67条2項)、また、国の機関や外部の専門家の協力を得るとともに(新法第67条3項及び同条4項)、関係行政機関と協議することができることとされました(新法第67条6項)。

④ 保全指定

 内閣総理大臣は、保全審査の結果、保全対象発明に指定した場合、特許出願人及び特許庁長官に通知します。指定の期間は1年以内とし、以後1年ごとに延長の要否を判断することとされました。(新法第70条)

 指定の効果は、出願の放棄・取下げの禁止(新法第72条)、発明の実施の原則禁止・許可制(新法第73条)、発明内容の開示の原則禁止(新法第74条)、発明情報の漏えい防止のための適正管理義務(新法第75条)、他の事業者に発明情報の取扱いを認める場合の承認制(新法第76条)等です。実施禁止、開示禁止の違反については、未遂犯及び国外犯を含め、2年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科することとされました(新法第92条1項6号、8号、同条2項、3項)。

⑤ 外国出願制限(第一国出願義務)

 日本国内でした発明であって公になっていないものが、特定技術分野に属するものである場合、まず日本に出願しなければならないこととする第一国出願義務が規定されました(新法第78条)。この規定に違反して外国出願をした場合には、国外犯を含め、1年以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処し、又はこれを併科することとされました(新法第94条)。なお、外国出願が制限される発明に該当するか否かについては、事前に特許庁長官に対し確認を求めることができることとされています(新法第79条)。

⑥ 損失の補償

 保全対象発明の実施の不許可、条件付き許可等、保全指定を受けたことにより損失を受けた者に対しては、通常生ずべき損失を補償することとされました(新法第80条)。

 

新法は、以下のとおり、公布後6月以内~2年以内の政令で定める日に段階的に施行されることとされました(新法附則第1条)。

 

事項

施行期限

(1)重要物資の安定的な供給の確保に関する制度

令和5年2月18日まで

(2)基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度①審査対象

令和5年11月18日まで

(2)基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度②事前届出・審査、③勧告・命令

令和6年2月18日まで

(3)先端的な重要技術の開発支援に関する制度

令和5年2月18日まで

(4)特許出願の非公開に関する制度

令和6年5月18日まで

 

 そして、令和4年8月1日、総則、重要物資の安定的な供給の確保に関する制度及び先端的な重要技術の開発支援に関する制度の部分の条文が施行され、経済安全保障の事務を担当する組織として、内閣府に経済安全保障推進室が設置されました。経済安全保障推進室では、全体の基本方針そして先行施行する重要物資の安定的な供給の確保に関する制度及び先端的な重要技術の開発支援に関する制度の各基本指針について、有識者会議での審議を踏まえ、令和4年9月下旬を目途に、閣議決定することを目指して準備が進められています。

 新法は、特定重要物資の供給確保のための支援措置、基幹インフラ役務分野における重要設備の導入・維持管理等の委託に関する事前届出、特定重要技術の研究開発等に対する情報提供・資金支援、特定の技術分野に属する発明に関する審査制度、特許出願の非公開制度等、企業の幅広い経済活動への影響が大きな制度の創設、変更が含まれているため、今後順次制定、施行される政省令による制度の具体的な内容を適時に確認のうえ、自社が新法による規制ないし助成の対象となるか否かを検討し、実務対応を更新する必要があります。

 また、経済安全保障の課題は多岐にわたるため、新法だけでなく、諸外国で整備が進んでおり、我が国でも導入が検討されているセキュリティクリアランス制度も含め、今後の法改正の動きに注視する必要があります。

以上

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