令和3年4月21日、民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)(以下「民法等一部改正法」といいます。)及び相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(令和3年法律第25号)(以下「相続土地国庫帰属法」といいます。)が成立し、同月28日、公布されました。
本稿では、所有者不明土地の発生予防と利用の円滑化を図るために制定された両法律を概観していきます。
第1 民法等一部改正法及び相続土地国庫帰属法成立の背景
近年、所有者不明土地(不動産登記簿により所有者が直ちに判明しない土地、又は、所有者が判明しても、その所在が不明で連絡が付かない土地)が増加しています。
所有者不明土地については、①所有者の探索に多大な時間と費用がかかること、②所有者の所在等が不明な場合には、土地が管理されず放置されることが多いこと、③共有者が多数の場合や一部所在不明の場合には、土地の管理・利用のために必要な合意形成が困難になること、といった問題があり、その結果、公共事業や復旧・復興事業が円滑に進まず、民間取引が阻害されるなど土地の利活用を阻害し、土地の管理不全により、隣地へ悪影響を及ぼす事態が発生しています。
そこで、所有者不明土地の発生予防と、既に発生している所有者不明土地の利用の円滑化の両面から民事基本法制が見直され、民法等一部改正法と相続土地国庫帰属法が成立しました。
第2 民法等の改正(所有者不明土地の利用の円滑化)
1 財産管理制度の見直し
⑴ 改正前民法の問題点
現行の不在者財産管理人・相続財産管理人は、人単位で財産全般を管理する必要があるため、非効率であり、事務作業や費用等の負担が大きくなる傾向がありました。
⑵ 所有者不明土地・建物の管理制度の創設
改正後民法では、所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない土地・建物(共有の場合、共有者又は共有持分)について、必要があると認めるときは、利害関係人の請求により、裁判所が、所有者不明土地・建物管理人による管理を命じることができることになります(改正後民法第264条の2、同第264条の8)。
当該非訟事件の手続については、改正後非訟事件手続法第90条に規定されます。
⑶ 管理不全土地・建物の管理制度の創設
改正後民法では、土地・建物所有者の管理不適当により、他人の権利又は法律上保護される権利が侵害され、又はそのおそれがある場合、必要があると認めるときは、利害関係人の請求により、裁判所が、管理不全土地・建物管理人による管理を命じることができることになります(改正後民法第264条の9、同第264条の14)。
当該非訟事件の手続については、改正後非訟事件手続法第91条に規定されます。
2 共有制度の見直し
⑴ 改正前民法の問題
改正前民法では、不明共有者がいる場合、当該共有者の同意を速やかに得ることができず、共有者間の意思決定や持分の集約が困難でした。
⑵ 共有物の変更・管理
改正後民法では、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、共有物に変更を加えることができる、又は共有物の管理に関する事項を決定することができる旨の裁判ができるようになりました(改正後民法第251条第2項、第252条第2項)。
当該裁判手続については、改正後非訟事件手続法第85条に規定されます。
⑶ 共有持分の取得・譲渡
改正後民法では、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、当該他の共有者の持分を他の共有者が取得し、又は条件付きで第三者に譲渡する旨の裁判ができるようになりました(改正後民法第262条の2、第262条の3)。
当該裁判手続については、改正後非訟事件手続法第87条、第88条に規定されます。
3 相続制度の見直し
改正前民法では、遺産分割に期間制限がなく、相続が開始しても遺産分割がなされず、また、長期間放置された後の遺産分割では具体的相続分に関する証拠等が散逸し、共有状態の解消が困難であるという問題がありました。
改正後民法では、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割については、原則、特別受益(民法第903条、第904条)及び寄与分(民法第904条の2)の規定が適用されないことになります(改正後民法904条の3)。これにより、法定相続分による機械的な遺産分割が可能となり、共有状態の解消が期待されます。
4 相隣関係規定の見直し
改正前民法では、ライフラインの導管等を設置するための相隣関係規定が不十分であったため、問題解決の指針は裁判例に依拠せざるを得ませんでした。もっとも、裁判例においても、改正前民法の相隣関係規定や下水道法及び水道法等の関係規定を類推適用することにより、他人の土地の使用を認める裁判例がある一方、類推適用を否定する裁判例もあったため、明確な基準を設ける必要がありました。
このような経緯から、改正後民法では、ライフラインを自己の土地に引き込むための導管等の設備を他人の土地に設置し、又は他人が所有する設備を使用することができることが明記されました(改正後民法第213条の2)。
5 施行日
上記1ないし4に関する民法等一部改正法の施行日は、令和5年4月1日です。
第3 相続土地国庫帰属法の創設(所有者不明土地の発生予防策)
1 創設背景
土地利用ニーズの低下等により、土地を相続したものの、土地を手放したいと考える者が増加したこと等から、法務大臣による要件審査・承認を受ければ、相続等により取得した土地を国庫に帰属させることができる制度(相続土地国庫帰属制度)が創設されました。
2 要件概略
⑴ 承認申請の要件
相続又は遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により土地を取得した者は、法務大臣に対し、当該土地が次のいずれかに該当する場合を除き、土地所有権を国庫に帰属させることについての承認の申請ができることになりました(相続土地国庫帰属法第2条第1項、第3項)。
①建物の存する土地
②担保権又は使用及び収益を目的とする権利が設定されている土地
③通路その他の他人による使用が予定される土地として政令で定めるものを含む土地
④土壌汚染対策法第2条第1項に規定する特定有害物質により汚染されている土地
⑤境界が明らかでない土地その他の所有権の存否、帰属又は範囲について争いがある土地
⑵ 承認の要件
また、法務大臣が承認するためには、当該土地が次のいずれにも該当しないことが必要となります(相続土地国庫帰属法第5条第1項各号)。
①崖(勾配、高さその他の事項について政令で定める基準に該当するものに限る。)がある土地のうち、その通常の管理に当たり過分の費用又は労力を要するもの
②土地の通常の管理又は処分を阻害する工作物、車両又は樹木その他の有体物が地上に存する土地
③除却しなければ土地の通常の管理又は処分をすることができない有体物が地下に存する土地
④隣接する土地の所有者その他の者との争訟によらなければ通常の管理又は処分をすることができない土地として政令で定めるもの
⑤上記①から④のほか、通常の管理又は処分をするに当たり過分の費用又は労力を要する土地として政令で定めるもの
⑶ 制度の有効性
⑴及び⑵の各要件から明らかなとおり、国庫に帰属させることができる土地は、基本的には更地等の権利関係が複雑ではない土地、つまり、処分しやすい土地が対象になっていることが分かります。そのため、相続土地国庫帰属法が適用される土地は非常に限定的といえます。そうすると、市場取引でも土地を処分できるため、相続土地国庫帰属制度それ自体の有効性に疑問を感じます。
前記1のとおり、特に地方では土地利用のニーズが低下等しているため、市場取引では土地を売却することが難しく、何とかして土地を手放したい等といった理由から、相続土地国庫帰属制度が創設されることになりましたが、施行後、国庫帰属が承認されなかった土地がどれくらい出てくるのか、制度の有効性について注視する必要があると考えます。
3 手続概略
土地所有権を国庫に帰属させることについて承認を申請する者(以下「承認申請者」といいます。)は、法務大臣に対し、承認申請書を提出し、審査手数料を納める必要があります(相続土地国庫帰属法第2条、第3条)。
法務大臣は、申請の却下又は、申請を承認若しくは承認しない旨を承認申請者に通知します(相続土地国庫帰属法第4条第2項、9条)。
法務大臣による承認通知の際、国有地の種目ごとにその管理に要する10年分の標準的な費用の額を考慮して政令で定めるところにより算出した額(負担金)が併せて通知されますので(相続土地国庫帰属法第10条第2項)、承認申請者は、通知を受けた日から30日以内に負担金を納付しなければなりません(相続土地国庫帰属法第10条第1項、第3項)。
負担金の納付により、土地所有権が国庫に帰属します(相続土地国庫帰属法第11条)。
現時点で政令は未制定であるため、負担金を具体的に算出することはできませんが、参考として、現状の国有地の標準的な管理費用(10年分)は、例えば、粗放的な管理で足りる原野で約20万円、市街地の宅地(200㎡)で約80万円とされています。
4 施行日
相続土地国庫帰属法の施行日は、令和5年4月27日です。
第4 不動産登記法の改正(所有者不明土地の発生予防策)
1 相続に関する不動産登記情報の更新を図る方策
⑴ 相続登記申請の義務化
不動産を取得した相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、その取得を知った日から3年以内に、相続登記の申請をすることが義務付けられ(改正後不動産登記法第76条の2)、正当な理由なく申請を怠った場合には、10万円以下の過料に処せられることになります(同法第164条第1項)。
これらの改正規定は、施行日前において、既に所有権の登記名義人に相続の開始があった場合についても適用されますので注意が必要です。この場合、所有権移転登記の申請義務の履行期間は、次のとおりです(改正法附則第5条第6項後段)。
ア 相続や遺贈によって不動産の所有権を取得した場合(改正後不動産登記法第76条の2第1項)
自己のために相続の開始があったことを知り、かつその取得を知った日又は登記申請義務に関する改正規定の施行日のいずれか遅い日から3年以内。
イ 法定相続分での相続登記後に遺産分割がなされた結果、法定相続分を超えて所有権を取得した場合(改正後不動産登記法第76条の2第2項)
当該遺産分割の日又は登記申請義務に関する改正規定の施行日のいずれか遅い日から3年以内。
ウ 具体例
例えば、20年前に不動産を相続したものの(アの場合)、相続登記をしていなかった場合には、改正規定の施行日の方が遅い日となりますので、施行日である令和6年4月1日(後記3参照)から3年以内に相続登記の申請を行う必要があります。
また、上記例において相続が何世代にも渡っている場合(数次相続)も、施行日である令和6年4月1日(後記3参照)から3年以内に相続登記の申請を行う必要がありますが、数次相続により相続人が極めて多数に上り、戸籍謄本等の必要な資料の収集や他の相続人の把握に多くの時間を要するときは、仮に施行日から3年以内に相続登記の申請ができなかったとしても、「正当な理由」があるとして10万円以下の過料は科せられない場合があります。
⑵ 登記名義人の死亡等の事実の公示
登記官が、住民基本台帳ネットワームシステム等を通じて、所有権登記名義人の死亡等の情報を取得した場合、職権で、当該登記名義人が権利能力を有しないこととなった旨を示す符号を表示することが可能となります(改正後不動産登記法第76条の4)。
2 住所変更未登記への対応
⑴ 住所等の変更登記申請の義務化
所有権登記名義人の住所等について変更があったときは、登記名義人は、その変更があった日から2年以内に変更登記の申請をすることが義務付けられ(改正後不動産登記法第76条の5)、正当な理由なく申請を怠った場合には、5万円以下の過料に処せられることになります(同法第164条第2項)。
⑵ 職権登記
登記官は、他の公的機関から取得した情報に基づき、職権で、変更登記が可能となります(改正後不動産登記法第76条の6)。職権登記の仕組みは次のとおりです。
登記名義人 |
仕組み |
自然人 |
①登記申請の際、氏名・住所の他、生年月日等の「検索用情報」の申出を行う。 ②登記官が、検索用情報等を用いて住民基本台帳ネットワークシステムに対して照会し、登記名義人の氏名・住所等の異動情報を取得する。 ③登記官が、取得した情報に基づき、登記名義人に住所等の変更登記をすることについて確認を取った上で、変更の登記をする(非課税)。 |
法人 |
①法人が所有権の登記名義人となっている不動産について、会社法人等番号を登記事項に追加する。 ②商業・法人登記システムから不動産登記システムに対し、名称・住所を変更した法人情報を通知する。 ③登記官が、取得した情報に基づき、変更登記をする(非課税)。 |
3 施行日
相続登記申請の義務化に関する改正後不動産登記法の施行日は、令和6年4月1日です。一方、住所等の変更登記申請の義務化に関する改正後不動産登記法は、公布後5年以内の政令で定める日が施行日とされています。具体的な施行日については、今後、制定される政令により決定されることになります。
なお、上記各制度については、その詳細が法務省令に委ねられている部分もありますので、法務省令の内容についても確認する必要があります。
<関連URL> ○民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号) https://www.moj.go.jp/content/001348043.pdf ○相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(令和3年法律第25号) |