2022年5月18日、「民事訴訟法等の一部を改正する法律」(令和4年法律第48号)(以下、本稿においては「改正法」といい、改正前の民事訴訟法を「旧法」といいます。)が成立し、同月25日に公布されました。改正法の施行日は、公布日から起算して4年(ただし、弁論準備手続及び和解期日のオンライン実施に関する規定は1年、口頭弁論のオンライン実施に関する規定は2年)を超えない範囲内において政令で定める日とされています。
改正法には、民事訴訟のIT化に関する大幅な改正が盛り込まれています。改正法の概要は、以下のとおりです。
第1 訴訟の開始(訴えの提起、訴状の送達)
1 訴えの提起
⑴ 旧法下の状況と問題点
民事訴訟を提起するためには、訴状を裁判所に提出する必要があります。旧法では、訴状は、紙媒体での提出が必須でした。また、訴状の提出方法は、直接、裁判所の窓口に持参する方法か、又は、裁判所に郵送する方法しかありませんでした(旧法第133条1項参照)。
そのため、訴状を裁判所に持参するのに時間がかかったり、訴状の郵送を手配する手間や費用がかかったりする、という問題点がありました。
⑵ 改正法
改正法では、裁判所に「事件管理システム」が設けられ、当該事件管理システムを通じた、オンラインによる訴状の提出が認められることになりました(改正法第132条の10)。
さらに、弁護士等が訴訟代理人となる場合には、訴状をオンラインで提出することが義務化されました(改正法第132条の11第1項第1号)。
2 訴状の送達
⑴ 旧法下の状況と問題点
民事訴訟は、訴状が被告に送達された時点から裁判所に係属します(旧法第138条)。旧法では、訴状の送達は、主に郵便で訴状を被告に交付する方法によって行われていました(これを「特別送達」といます。旧法第99条)。
この特別送達には、送達が完了するまでに時間がかかったり、特別送達の費用が発生したりする、という問題点がありました。
⑵ 改正法
改正法では、送達を受けるべき者が、事件管理システムを使用してオンラインで行う送達(「システム送達」といいます。)を受ける旨の届出をしている場合には、システム送達が行われることとなりました。(改正法第109条の2。なお、判決書についても、システム送達が認められています(改正法第255条第1項、第2項)。)。
システム送達が行われる場合、送達を受ける者があらかじめシステム送達を受ける旨の届出をすることを前提に、訴状等のデータがアップロードされたことが被告に通知され、被告がシステムから訴状等のデータをダウンロードすることになります。
送達時期は、被告がシステム上で訴状等のデータを閲覧した時等とされています(改正法第109条の3第1項)。
なお、弁護士等が訴訟代理人となる場合には、システム送達を受ける旨の届出をすることが義務化されました(改正法第132条の11第2項)。
第2 争点整理・証人尋問等
1 争点整理
⑴ 旧法下の状況と問題点
旧法では、口頭弁論を行う際には、実際に裁判所に出頭する必要がありました(旧法第87条)。
また、争点整理のために実施する弁論準備手続(旧法第168条)については、電話会議等の方式によることも認められていましたが、その場合でも、当事者の一方は裁判所に出頭することが必要でした(旧法第170条第3項但書)。そのため、期日の内容からして、双方当事者が共に裁判所に出頭する必要が無いような場合でも、いずれか一方の当事者が裁判所に出頭しなければならないという状況が生じていました。特に、裁判所が遠方の場合には、裁判所に出頭するために往復で1日かかるケースもあり、当事者にとって、時間的、金銭的に大きな負担となっていました。
新型コロナウイルスの感染拡大後は、書面による準備手続の規定(旧法第175条)を利用して、当事者のいずれも裁判所に出頭することなく、ウェブ会議が実施できるようになりました。しかし、書面による準備手続には、書証の取り調べができないという問題点がありました。
⑵ 改正法
改正法では、当事者双方が不出頭でも、口頭弁論や弁論準備手続が行えるようになりました。
口頭弁論期日については、裁判所が相当と認めるときに、当事者の意見を聴いたうえで、ウェブ会議等を通じて実施することができるようになりました(改正法第87条の2第1項)。
弁論準備手続については、当事者の一方が裁判所に出頭しなければならないという要件が撤廃され、当事者双方が不出頭でも、ウェブ会議等を通じて手続を実施することができ、その中で書証の取り調べもできるようになりました(改正法第170条3項)。
2 証人尋問
⑴ 旧法下の状況と問題点
旧法では、証人尋問において、証人が裁判所に出頭し、裁判官の面前で証言するのが原則でした。例外的に、①証人が遠隔地に居住している場合、②証人威迫のおそれがある場合は、ウェブ会議等による証人尋問も認められていました(旧法第204条)。
そのため、証人尋問においてウェブ会議が使える場面が限定されており、事案に応じた柔軟な対応ができない点が問題とされていました。
また、ウェブ会議等による証人尋問を行う場合であっても、証人は、最寄りの裁判所への出頭が必要とされており、その他の場所で証人尋問を行うことはできませんでした。(旧法規則123条1項、2項)。
⑵ 改正法
改正法では、ウェブ会議等を利用した証人尋問が認められる範囲が拡大されました。
具体的には、従来とほぼ同じように、①証人の住所、年齢又は心身の状態その他の事情により、証人が受訴裁判所に出頭することが困難であると認める場合、②証人威迫のおそれがある場合に、ウェブ会議等を利用した証人尋問が認められるほか、これらに加えて、③当事者に異議がない場合にも、ウェブ会議等を利用した証人尋問が認められるようになりました(改正法第204条)。
特に、③の「当事者に異議が無い場合」に、広くウェブ会議による証人尋問を実施することができるようになった点は、注目すべきポイントです。
なお、証人尋問のオンラインでの実施要件の緩和に伴い、民事訴訟規則も見直され、裁判所以外の一定の場所においても、証人が所在することが認められる予定です。
3 その他
争点整理及び証人尋問手続き以外にも、審尋(改正法第87条の2第2項)、和解期日(改正法第89条第2項)、通訳(改正法第154条2項)、裁判所外における証拠調べ(改正法第185条第3項)等についても、オンラインでの実施が認められるようになりました。
第3 訴訟記録の閲覧・複写
⑴ 旧法下の状況と問題点
旧法では、訴訟記録の閲覧・謄写は認められていましたが(旧法第91条)、訴訟記録の閲覧・謄写をするためには、実際に裁判所に出向いた上で、手続をする必要がありました。
そのため、訴訟記録の閲覧・謄写の度に、時間と費用がかかってしまう、という問題点がありました。また、訴訟記録は紙媒体で一つしかないため、審理中の事件の場合、裁判所が記録を使用中のときは、訴訟記録の閲覧・謄写ができない、という問題点がありました(そのため、実務上は、事前に、担当部の書記官に連絡して、訴訟記録の利用予定日を確認し、これと重ならない形で、訴訟記録の閲覧・謄写の日程を調整していました。)。
⑵ 改正法
改正法では、訴訟記録の閲覧・複写がオンラインでできるようになりました(改正法第91条の2)。訴訟記録の閲覧・複写は、裁判所内に設置された端末や、裁判所外からオンラインシステムを通じて行うことができるようになる予定です。
これにより、訴訟記録の閲覧・謄写(複写)手続きが、より便利かつ効率的になることが期待されます。
第4 結語
民事訴訟のIT化の取り組みについては、これまでにも、マイクロソフト社の「Teams」を利用したウェブ会議(書面による準備手続)の導入や、すでに一部の裁判所で運用されている、裁判書類をオンラインで提出するためのシステム「mints」の導入がありました(なお、mintsの運用庁は、2023年1月から、各地方裁判所本庁へと大きく拡大する予定です。)。
今回の民事訴訟法改正は、これら一連の民事訴訟のIT化への取り組みを、さらに加速させるものとなります。これにより、民事訴訟の手続が、時代に合わせて、より効率的かつ便利になり、多くの人々にとって利用しやすいものになることが期待されます。