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中国における自動車関連データの取扱いについて

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 近時の中国においては、ICV(Intelligent Connected Vehicle)関連技術の急速な発展及びデータ安全関連法令の整備に伴い、ICV データの取扱いに対する当局の監督管理に多大な関心が寄せられている。その中でも特に重視すべきなのは測絵情報・地理情報や自動車データに対する法規制である。本稿は、これら種類のデータの基本的な概念及びその取扱いに関する法制度と実務を紹介するものである。日本企業が中国における ICV ビジネスでコンプライアンスを保持するにあたり、本稿がその一助となれば幸いである。

I.  測絵、測絵成果及び地理情報の概念

 ICV技術の開発過程では、車両の路上運転を通じた周辺環境データの採集が不可欠となるが、中国において最も厳しく規制されているのは測絵情報及び地理情報の収集・利用である。これら情報に対する中国の監督管理制度は、「測絵法」、「測絵成果管理条例」のほか、測絵地理情報の所管官庁たる自然資源部の部門規則に定められている。

 「測絵法」及び「測絵成果管理条例」によると、測絵とは、自然地理の要素若しくは地表の人工施設の形状、大小、空間的位置及びその属性等を測定し、採集し、若しくは記述することのほか、取得したデータ、情報若しくは成果を処理し、若しくは提供する行為をいう。また、測絵成果とは、測絵行為により形成されたデータ、情報、図面及び関連する技術資料をいう。測絵情報又は地理情報は、測絵成果に該当すると解される。

 「測絵法」における測絵行為の定義が抽象的なことから、測絵行為・測絵成果の解釈については、当局が多大な裁量権を有するといえる。自然資源部は、2022年8月25日に公布した「インテリジェント・コネクテッド・ビークルの発展の促進及び測絵地理情報の安全の維持に関する通知」(自然資規[2022]1号、以下「2022年通知」という)において、車両に衛星測位受信モジュール、慣性計測装置、ビデオカメラ、レーザーレーダー等のセンサーを設置し又は集積した後、走行、役務提供又は路上テストを行う過程で、車両及び道路周辺の施設の空間座標、映像、点群及びその属性に関する情報等の測絵地理情報データを収集し、保存し、伝送し、又は処理する行為は測絵行為に該当すると定めている。

 この2022年通知及び弊職らの過去の実務経験からすると、車載設備を通じて二次元又は三次元の座標系を構築することにより、車両と周囲物体との相対位置を測定・推算すること、又は車載設備を通じて車両の周囲の物体の形状、大小等を推計・記述することができる場合、かかるデータ収集行為は測絵行為となり、それにより収集されたデータは測絵成果となる可能性が高いと考えられる。

II. 測絵行為及び測絵成果に対する監督管理制度

1.   監督管理制度の概要

(1)測絵行為と測絵資格

 中国国内で測絵を行うには相応の測絵資格がなければならず、それを取得した企業は、その資格等級において許された専門分類及び業務範囲において測絵を行わなければならない。「測絵資格管理弁法」によると、測絵資格は甲及び乙2級に分けられ、専門分類には、大地測量、測絵航空撮影、撮影測量及びリモートセンシング、工事測量、海洋測絵、境界及び不動産測絵、地理情報システムエンジニアリング、地図作成、ナビゲーション電子地図作成並びにインターネット地図サービスの10類型に大別される。さらに、「測絵資格分類分級基準」においては、各専門分類下の甲級及び乙級測絵資格が充足すべき要件(技術・品質保証の体制、専門技術者、技術装備、測絵の業績等)と測絵業務の範囲が詳細に定められている。

 測絵業界それ自体の機微性ゆえ、中国政府はこれまで一貫して、中国国内で行う測絵行為又は測絵産業に対する外国企業の投資を厳格に制限してきた。「測絵法」8条は、外国の組織又は自然人が中国の領域で測絵行為を行うためには、国務院測絵地理情報主管部門と軍の測絵部門との共同による許可を得なければならず、中国の領域における測絵は、中国の関連部門又は企業と共同して行うことを要し、国家秘密及び国の安全に危害を与えてはならないと定めている。この規定の下、理論上、外国企業が中国企業との合弁又は提携によって行う測絵行為であれば許されるようであるが、 2021年の「外商投資参入特別管理措置(ネガティブリスト)」においては、大地測量、海洋測絵、測絵航空撮影、地面移動測量等の調査が外商投資禁止類分野とされている。

 ICV 業界を例に挙げると、中国国内で自動運転路上テストを行う過程で地理情報を収集するためには、「地理情報システムエンジニアリング」の特別類別に属する「地理情報データ採集」、「地理情報データ処理」若しくは「地面移動測量」の資格又は「ナビゲーション電子地図製作」の資格を要する可能性が高い。実務上一般に、外国企業が中国企業との合弁・提携を行い、外商投資企業がこれらの資格を取得するといった方法は採用しえないため、外国企業又は外商投資企業においては、自ら測絵活動を行うことはせず測絵成果及び測絵成果を含むデータへの接触を避け、測絵資格を有する専門業者たる測絵会社に委託してデータを収集することが多い。

(2)測絵成果の第三者への提供

 外国企業又は外商投資企業から関連データ収集の委託を受けた測絵会社が、その収集したデータ及びその派生データをこれらの外国の委託者に引き渡す行為も、厳しい規制の対象とされている。

 「測絵成果管理条例」8条によると、外国の組織又は自然人が中国の関連部門又は企業との合弁又は提携を通じて、許可を取得した上で中国の領域で測絵行為を行う場合、その測絵成果が中国側の部門又は企業の所有に帰するものとされ、中国側の部門・企業は測絵主管部門に測絵成果の写しを提出する義務を負う。この規定は、外国の企業・自然人が合弁又は提携の方式で測絵成果を直接に取得することを実質的に禁止するものである。特に、自動運転の路上テストで収集される地図作成に用いるデータは国家秘密と関わる測絵成果であり、中国国内の測絵会社は、関連主管部門の許可がない限り、外国企業・外商投資企業にデータを提供することができない。国家秘密と関わらない測絵成果であっても、その機微性ゆえ、測絵会社から外国企業・外商投資企業にデータを直接提供することは実務上行われていない。

2.   最新の監督管理の動向

 ICV産業の発展過程で測絵情報・地理情報の安全管理に関する問題が明らかとなったことに鑑み、自然資源部は、既述のように2022年通知を公布した。それにより、関連データの収集・保存・伝送・処理を行う自動車製造業者、サービス業者、自動運転ソフト提供業者等は、自ら測絵資格を取得し、又は相応の測絵会社に測絵行為を委託しなければならないことが明確化された。また、空間座標、映像、点群及びその属性に関する情報等が測絵情報・地理情報に該当するものと明確化され、これらのデータを国外に伝送し、又はそれを計画するときは、法に基づいて対外提供の許可又は地図審査の手続等を行わなければならないことが重ねて言明された。

III.     高精度地図

1.   高精度地図の概念

 高精度地図は、自動運転システムへの使用に特化した地図である。その高精度は、次の 2 つの面に現れている。第 1 に、高精度地図の座標情報は高い精度が求められる。一般のナビゲーション用電子地図はナビゲーションの補助にとどまり、その座標の精度は約10mであるが、自動運転を行う自動車は自車の位置の正確な把握を必要とするため、高精度地図の精度の要求は1m以内である。第 2に、高精度地図に含まれる道路交通情報は、より多様で精密な要素からなる。各車道の勾配、曲率、進行方向、高度、傾斜のデータ、車道の線の種類・色、各車道の制限速度の要求、推奨速度の分離帯の幅・材質、路上の矢印・文字の内容・位置、信号、横断歩道等の交通表示の絶対地理座標、物理的な寸法及びその特質・特徴、これらすべての情報が高精度地図に正確に反映されることを要する。

2.   高精度地図製作の資格

 高精度地図の製作(高精度地図に含まれるデータの採集を含む)は2022年通知に定める測絵行為に該当し、それを行うためには測絵資格が必要となるが、具体的に求められる資格はナビゲーション用電子地図製作資格になると考えられる。

 もっとも、その取得はなかなか難しく、自然資源部が2022年2月、3月及び8月にそれぞれ公表したナビゲーション用電子地図製作資格のうち甲級資格[1]の保有者目録によると、有資格者は四維図新、高徳軟件、華為をはじめとする19社にとどまり、外商投資企業は当然ながら含まれていない。[2]

[1] 乙級資格保有者は政府が画定した地域範囲内でのみ製図可能であるが、甲級資格保有者はこのような制限を受けない。

[2] http://gi.mnr.gov.cn/202202/t20220221_2729140.html

http://gi.mnr.gov.cn/202208/P020220809393099337451.pdf

https://m.mnr.gov.cn/gk/zzrz/202203/P020220325594072722887.pdf

 

3.   クラウドソーシングモデルによるデータ採集

 高精度地図の製作は、監督管理の面で厳格な管理下に置かれ、ナビゲーション用電子地図製作資格を得た企業でなければその製作及びそれと関連する測絵行為を行うことができない。一方、この産業と関わる者は、データ収集設備の価格と資格維持のコストが高額で、データ収集の効率が低いといった問題を抱えている。

 実務においては、データ収集のコストを抑えるため、クラウドソーシング収集方式が採用されることがある。これは、専門収集と相対する方式である。専門収集は、データ収集専用車両により半自動化又は全自動化方式でデータを収集し、製図作業が集中的に行われるのに対し、クラウドソーシング収集は、CCDカメラ、レーダー等の設備を搭載して路上を走行する多数の一般車両によってデータの収集が行われる。通常、その設備は専用車両のものより精度が低く、収集したデータはクラウドプラットフォームにアップロードされ、地図データの更新に用いられる。クラウドソーシング収集は、視覚、レーダー等の方式に分けられ、視覚方式では、主にユーザーの使用する車両の CCD カメラセンサーによって動画データを採集し、レーダー方式では、主にレーダーによって点群データを取得する。クラウドソーシングはアルゴリズムに大きく依存し、個別データの質・精度が低いというその弱点は、大量のデータの共有、マイニング、分析及び融合によって補完される。

 クラウドソーシング収集方式も、理論上、測絵法による監督管理の問題を回避しえない。この方式の下、クラウドソーシング車両が収集する情報量の規模・精度の観点からみてナビゲーション地図を構成しうるレベルに達するときは、「測絵行為」となる可能性があり、その場合においては、相応の測絵資格を有することが求められる。また、クラウドソーシング収集設備としてGPS、慣性航法装置又は類似する位置測定装置を用いたときは、その収集データには位置情報が含まれるため、直ちに測絵行為が成立しうる。したがって、自動運転ソフト提供業者など、高精度地図製作自体を目的とせず単に自動運転の技術開発のみを目的とする事業者であっても、クラウドソーシング方式でソフトの開発に必要な自動車データを採集するには、慎重を期し、資格を有する測絵会社に委託してそれを行ったほうが安全であろう。特に、2022年通知のように、監督管理部門がICVデータ収集行為に対する一層の引締策を打ち出していることから、今後の政策動向についてはさらなる注意が求められる。

IV. 自動車データの法規制

1.   自動車データの重要データ

 2021年10月1日、中国当局は、「自動車データ安全管理若干規定(試行)」(以下「若干規定」という)の施行を公表し、自動車データに対する規制を強化するものとした。これは同年9月施行の「データ安全法」などに基づく措置であり、自動車データの国外移転の規制がその重要な目的と考えられる。これにより、中国における外資ICV事業には多大な影響が及ぶこととなった。

 若干規定によると、自動車データのうち、次に定めるものは重要データに該当し、車載カメラにより記録されたこれらの映像は、匿名化、マスキング等の特別な処理をしない限り、重要データとして扱われる。

 

①  軍事管理区、国防科学工業企業及び県級以上の党、政府機関等の重要かつ敏感なエリアにおける地理情報、人の流れと車両の流れに関するデータ

②  車両の流れ、物流など、経済運営の状況を反映するデータ

③  自動車充電網の運行データ

④  顔情報、ナンバープレート情報などを含む、車外の映像・画像データ

⑤  10万人を超える個人情報主体についての個人情報

⑥  国家インターネット情報部門及び国務院の発展改革、工業・情報化、公安、交通運輸などの関連部門が確定した、国家安全、公共利益、又は個人、組織の合法的権益に危害を及ぼしうるその他のデータ

 

2.   重要データに対する規制

 若干規定が実務にもたらした最大の影響は、一年間の重要データの取扱状況を取りまとめ、それをインターネット情報部門にアニュアル報告として提出し監督を受けることを自動車データ取扱企業に義務づけたことである。昨年に導入されたこの制度は、二年目の今年、既に常態化されたといいうる状況にある。2022年11月21日までに、北京、天津、四川、江西、湖南、浙江、遼寧等の省(市)の当局が2022年度アニュアル報告の提出を指導する通知を発しており、報道によると、一部の地域では当局が重点企業を選択して現地調査も行っているとのことである。

 このアニュアル報告については、次の情報に関する詳細な内容が求められている。

 

①  自動車データ安全管理責任者及びユーザー権利利益事務連絡係の氏名及び連絡方法

②  取り扱う自動車データの種類、規模、目的及び必要性

③  保存の場所、期限等を含む自動車データの安全防護及び管理措置

④  中国国内の第三者に対する自動車データ提供の状況

⑤  自動車データの安全に関するインシデント及びその解決の状況

⑥  自動車データに関するユーザーからの不服申立て及びその解決の状況

⑦  中国国外に移転した自動車データについてその受取人の基本状況

⑧  中国国外に移転した自動車データの種類、規模、目的及び必要性

⑨  自動車データの中国国外における保存の場所、期限、範囲及び方法

⑩  自動車データの中国国外提供に関するユーザーからの不服申立て及びその解決の状況

⑪  その他国家インターネット情報部門が国務院の工業・情報化、公安、交通運輸等の関連部門と共同して明示した自動車データについて報告を要する内容

 

 重要データの越境移転は、今年9月1日施行の「データ越境移転安全評価弁法」の下、インターネット情報部門に安全評価報告を提出してその承認を受けることがその実施要件とされた。そのため、自動車データの重要データの越境移転は実務上極めて困難となり、アニュアル報告による規制も相まって、自動車データの取扱いが必須のICV関連事業者は、自動車データの保存・処理及びICV の開発を中国現地で行わざるを得ないものとなっている。

 

おわりに 

中国のICV産業に関しては、最近においても「道路自動車両生産参入許可管理条例(意見募集稿)」(工業情報化部2022年10月28日公布)及び「インテリジェント・コネクテッド・ビークル参入及び路上走行試験の試行に関する通知(意見募集稿)」(工業情報化部2022年11月2日公布)という2つの重要な法令案が公布され、ICVに関する立法整備が急速に進められている。

 前者の条例案は、ICV及びその製造企業に対して参入許可管理を実施するものとし、ICV製品はサイバーセキュリティ及びデータ安全の関連基準及び技術基準を満たすべきであり、そのうち自動運転機能を有するものについてはリスクテスト評価に合格しなければならないと規定されている。後者の通知案は、条件を満たした国が選別したICV(自動運転機能付きのビークルについては3級運転自動化製品と 4 級運転自動化製品に限定)の路上試験を試行都市内の指定された公道で展開するための申請要件、申請方法等を具体化したものである。

 このように、中国では、ICV産業において、厳しいデータ取扱いに対する規制のほかにも、ICV企業及び ICV 製品の市場参入に対する管理が今後実行される予定であり、その一方で、路上走行の試験的展開を含めICV技術の発展に有利な政策の動きもある。これがICV産業の円滑な発展につながるか今後の展開が注目される。

以 上

※本稿は、みずほ銀行China Business Monthly2022年12月号に掲載されています。

https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/world/info/cndb/economics/monthly/pdf/R512-0157-XF-0105.pdf