インサイト,

裁判のIT化と、管轄合意に反する提訴

日本 | 日本
Current site :    日本   |   日本
オーストラリア
中国
中国香港特別行政区
日本
シンガポール
米国
グローバル

1. はじめに

 これまで、法務省において、裁判のIT化に向けた民事訴訟法改正の準備が進められてきた。既に、改正要綱案(※1)は公開されていたが、直近3月8日には、改正案について閣議決定もなされた。改正案では、一定要件のもと、インターネット経由の訴え提起や、ウェブ会議等による口頭弁論や尋問の実施などが認められる方向性である。これまで以上に、裁判所への物理的な出頭が不要となる改正が目指されているといえる。

さて、裁判所への出頭に関しては、従来、管轄の問題があった。すなわち、出頭の負担などを考えると、物理的にどこの裁判所で審理されるか、は、当事者の重要な関心事の1つであり、契約などにより、管轄合意がなされるなどしてきた。また、管轄合意をしたにもかかわらず、合意で定めた裁判所以外において提訴される例もあった。そういった場合、実は、必ずしも管轄合意をした裁判所への移送が認められるとは限らず、その点に関する裁判例も複数存在する。

以上のような、従来の状況に対し、今回の裁判のIT化は、どのように影響するであろうか。

以下、本項では、合意に反する提訴があった場合の対応等について、従来の議論を整理するとともに、今後、裁判のIT化が与える影響について、考察する。

※1 民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する要綱案(https://www.moj.go.jp/content/001365873.pdf)。

 

2. 合意管轄条項とは

法律関係者にとって、合意管轄条項(※2)は、最も見慣れた契約条項の1つといえる。

 これは、いわば、紛争発生時に、どこの裁判所を使うのか、を取り決める合意であって、一定要件(※3)のもとで効力が認められる(民事訴訟法第11条)。この点、現在、日本には、支部を含め、地方裁判所が200箇所以上、簡易裁判所が400箇所以上存在する(※4)。(特に、インターネットを介して日本全国に顧客を抱えるような)企業として、本社から遠く離れた地で裁判が提起されると、場合によっては対応コストも無視できない。そこで、多くの契約書、約款、規約などにおいて、東京地方裁判所など、特定の裁判所で紛争解決する旨の専属的な合意管轄条項が盛り込まれているところである。

 

※2 契約書末尾などにおいて、例えば、「甲及び乙は、本契約に関し、紛争が生じた場合、東京地方裁判所を、専属的合意管轄裁判所とすることに合意する。」などと記載される条項である。

※3 例えば、法定の専属管轄に反する合意は認められない。

※4 裁判所ウェブサイト(https://www.courts.go.jp/about/sosiki/kakyusaibansyo/index.html)参照。

 

3. 合意管轄に反する提訴

 さて、合意管轄条項を定めておけば、絶対に安心か(定めた裁判所でしか審理がされないか)といえば、そうではない。合意管轄条項で定めた裁判所以外において提訴される例は実際にあり、対応を誤ると、その裁判所での審理が認められてしまうリスクもある。

例えば、東京に本店を有する企業と、大阪に所在する顧客の間で、一定の契約に関する紛争について、「東京地方裁判所を、専属的合意管轄裁判所とする」旨の合意があったとする(いわゆる、専属的管轄合意)。それにもかかわらず、顧客が、その契約に関し、自分の住所地である大阪地方裁判所で提訴することが、実際にはありうる。そのような場合、訴えられた側(被告)として、どのように対処すればよいであろうか。

 第1に、(大阪での裁判がそれ程負担ではないのであれば)受け入れてしまうことも考えられる。この点、合意管轄違反の点について異論を述べずに裁判に応じた場合は、民事訴訟法の定めによって、基本的に、その裁判所での審理が認められる(応訴管轄。民事訴訟法第12条)。

【民事訴訟法第12条】

被告が第一審裁判所において管轄違いの抗弁を提出しないで本案について弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、その裁判所は、管轄権を有する。

 この選択をする際は、従来は、少なくとも、次の点については考慮しておくことが望ましかった。

 ・(特に、東京で弁護士を選任する場合、大阪地裁への出頭も考慮に入れた)弁護士報酬や費用の見込額

 ・関係者や証人が期日に参加すると見込まれる場合は、費用的・時間的な負担

 

 特に、第1回期日は、答弁書擬制陳述で欠席し、第2回以降は電話会議の方法による参加(弁論準備手続)ができるとしても(※5)、現行の民事訴訟法においては、尋問が実施される場合には、基本的に、弁護士も尋問を受ける本人も裁判所に出頭する必要がある。その費用的・時間的負担が、受け入れられるか、という点は、重要なファクターとなる。

 

※5 当事者双方に代理人が付いた場合に多くみられる訴訟進行である。加えて、近時のコロナ禍では、ウェブ会議システムを活用し、当事者双方がウェブ参加の形で期日を行うこともある(なお、民事訴訟法第170条第3項但書により、弁論準備手続では、片方の当事者が実際に裁判所に出頭する必要があるため、民事訴訟法第175条の「書面による準備手続」などの扱いとなる。)。

 

 第2に、(大阪での裁判が受け入れられないのであれば)

 ・応訴管轄が生じないよう、本案(訴状の内容面)について反論を行う前に、合意管轄違反の点を指摘した上、

 ・民事訴訟法第16条第1項に基づき、東京地方裁判所への移送申立(審理する裁判所の変更申立)をする

ことが考えられる。

【民事訴訟法第16条第1項】

裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。

 この点、代理人弁護士を選任するにしても、上記のとおり、通常の事件と異なり、移送申立等の手続が必要となることから、時間に余裕をもって相談することが望ましい。なお、移送申立書については、裁判所に対して郵送する必要があるため(FAXでの提出は不可)、その点でも時間を要する。

 

4. 民訴法第17条・第20条第1項にかかる裁判例

 さて、上記の例で移送申立をすれば、東京地方裁判所への移送が必ず認められるか、といえば、そうではない。

 民事訴訟法には直接の明文規定はないものの、裁判例によれば、民事訴訟法第17条、第20条第1項の趣旨に照らし、「訴訟の著しい遅滞を避け、又は、当事者間の衡平を図るため必要」な場合、裁判所は、合意管轄条項に基づく移送の申出であっても、これを却下することができる(大阪高決平成30年7月10日・判タ1458号154頁、名古屋高決平成28年8月2日・判タ1431号105頁、東京高決平成22年7月27日・金法1924号103頁など。※6、※7、※8。)。

【民事訴訟法第17条】

第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。

 

【民事訴訟法第20条第1項】

前三条の規定は、訴訟がその係属する裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合には、適用しない。

 そのため、現行の民事訴訟法下においては、被告からの移送申立に対し、原告側からは、少なくとも、以下のような主張が展開されることが多いと思われる。

 ・契約書で取り決めた裁判所では、当事者や証人の住所地から離れすぎており、時間もコストもかかるため、「訴訟の著しい遅滞を避け、又は、当事者間の衡平を図るため」に、提訴した裁判所において審理する必要がある

 これに対し、被告側からは、少なくとも、以下のような主張を展開して争うことになろう。

 ・電話会議による弁論準備手続等の活用によって、「訴訟の著しい遅滞」は回避でき、「当事者間の衡平」の観点からも、提訴された裁判所で審理する必要はない。

 ・そもそも、尋問が確実に実施される、という見込みはない。

 

※6 大阪高決平成30年7月10日・判タ1458号154頁は、次のとおり判事する。「民事訴訟法17条,20条1項の規定によれば,当事者の合意により当該訴訟につき専属管轄を有する裁判所(以下「専属的合意管轄裁判所」という。)に訴えが提起された場合でも,当該裁判所は,訴訟の著しい遅滞を避け,又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは,当該訴訟を専属的管轄合意がなければ,当該訴訟につき管轄を有する他の裁判所(以下「法定管轄裁判所」という。)に移送することができると解される。この規定の趣旨に照らすと,当事者が専属的管轄合意に反して法定管轄裁判所に訴えを提起した場合であっても,訴訟の著しい遅滞を避け,又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは,専属的合意管轄裁判所に移送せず,法定管轄裁判所において審理することが許されると解するのが相当である。専属的管轄合意の存在は,その合意の成立経緯,内容において相当かつ合理的であると認められる場合には,当事者間の衡平を判断する際の一事情として考慮することができる。」

※7 裁判例は、要するに、民事訴訟法第17条によれば、合意管轄どおりの東京地方裁判所で提訴された場合も、一定の条件のもと、他の裁判所に移送が可能であるから、その「趣旨に照らせば」、逆に、合意管轄に反する裁判所で提訴された場合も、一定条件のもと、その裁判所が審理できると考えられる、旨指摘するものである。

※8 東京高決平成22年7月27日は、「訴訟の著しい遅滞を避け又は当事者間の衡平を図るため」の「特段の必要」がある場合、という表現をとっている。しかし、その後の裁判例である前掲名古屋高決平成28年8月2日は、「特段の必要」という要件を明確に否定し、大阪高決平成30年7月10日も、「特段の必要」までは求めていない。

 

5. 法改正の影響

 上記移送に関する裁判例においては、尋問の際の出頭の負担、という点が、1つの重要な考慮要素となっている。

 しかし、今回の、裁判のIT化に向けた民事訴訟法改正が国会を通過し、その後、施行されれば、状況が変わる可能性がある。この点、冒頭に述べた改正要綱案・14頁~15頁によれば、当事者双方に異議がない場合などには、「裁判所以外の場所に証人を所在させることを認めることとした上で」、「映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によって、証人の尋問をすることができる」ようにする、とのことである(※9)。

 そうすると、場合によっては、今後、尋問の際の出頭の負担、というもの自体が、基本的にはなくなることになる。その場合、前記の裁判例によれば、管轄合意違反の提訴の場合、合意管轄裁判所への移送が、より認められやすくなる、という判断に傾くであろう(もっとも、どこの裁判所で審理をしても、手間が変わらないということになれば、あえて、移送について争う必要性は、これまで以上に小さくなるであろう。)。

 

※9 要綱案(https://www.moj.go.jp/content/001365873.pdf)によれば、「裁判所以外の場所」として、具体的にどのような場所が認められるか、は、今後、民事訴訟規則の改正により規定される予定とのことである。

 

6. おわりに

 繰り返すとおり、裁判のIT化に向けた民事訴訟法改正は、未だ、国会を通過しておらず、また、国会を通過したとしても、実務的に活用されるかという問題はある。そのため、現段階では、未知数の部分はある。

 しかし、いずれにしても、特に、昨今のコロナウイルス蔓延等も相まって、物理的に裁判所へ出頭する事態を可及的になくしてゆく、という潮流にあることは確かである。今後の進展に期待したい。

お知らせ
インサイト
King & Wood Mallesons 法律事務所・外国法共同事業

2025/03/10

2025年2月18日、日本政府は脱炭素電源の大幅な増加が含まれる新たな「エネルギー基本計画」と「地球温暖化対策計画」を閣議決定しました。

2025/03/04

インサイト
ランサムウェア・不正アクセスの最新脅威と法務対策 ~有事と平時の実践ガイド~

2025/02/03