日本におけるコーポレートPPAの最近の動向
2025年3月31日
はじめに
日本の総発電容量は 300GW を超え、これまで化石燃料、原子力発電、水力発電の組み合わせに依存してきました。しかし、2011 年の福島原発事故を受けて、 原子力発電の割合が減少し、それに伴い化石燃料を基盤とした発電が増加しました。この状況にもかかわらず、 日本は CO2 排出量を削減し、排出目標を達成するために、 近年再生可能エネルギー発電の拡大に向けた取り 組みを積極的に進めています。
これらの取り 組みには、 2012 年から 2022 年まで申請が可能だった固定価格買取制度(FIT)が含まれます。この制度は 2022 年に固定価格プレミアム制度(FIP)に置き換えられました。 FIP では、 再生可能エネルギー発電事業者に対し、 定期的に調整される 基準価格に基づいて変動する 補助金が提供されます。 同時に、 多くの大企業がRE100 イニシアチブを含むカーボンニュートラルや再生可能エネルギー利用へのコミット を表明しています。
これらの動きは、 1990 年代に経済的な理由で開始された日本のエネルギー分野の自由化および再集中化の最終段階とも 重なっています。 2016 年には小売電力市場が全面自由化され、 家庭を含む需要家が電力供給事業者を選択できるようになりました。さらに、 2020 年には、 主要電力会社の送電・配電事業が分離されましたが、 それは競争の促進や再生可能エネルギー発電事業者による 公平な送電網アクセスを確保することを目的としていました。
これらの展開により、 活発な電力市場が生まれ、 再生可能エネルギーへの投資が促進され、 コーポレート PPA(電力購入契約) の発展につながりました。 コーポレートPPA には 2 つの種類があります。 1 つは「オンサイト PPA」で、これは電力消費地に発電設備を設置する 方法で、 自家発電に似ています。ただし、 自家発電とは異なり、発電設備の建設・ 運営・ 保守を事業者に委託し、 企業や自治体は発電された電力のみ
を購入します。もう 1 つは「オフサイト PPA」で、 発電設備を電力消費地から 離れた場所に設置する 方法です。 オンサイト PPA と 同様に、 発電設備は事業者に委託され、発電された電力を購入します。 オフサイト PPA には、 電力と 環境価値をセット で購入
する「フィジカル PPA」と、 環境価値のみを購入する「バーチャル PPA」という 2 種類の契約形態があります。 コーポレート PPA が活発な米国では、 バーチャル PPA が主流ですが、 日本ではフィジカル PPA が一般的です。
自家発電と オンサイト PPA
オンサイト PPA は、 電気事業法の下で認められています。 電気事業法の規制上、一の需要場所内における 電気のやり 取りは「供給」行為にあたらないと 解されているため、 オンサイト PPA では、 発電事業者が、 小売電気事業の登録をしたり、 小売電気事業者を介したりすることなく、 需要家に対して直接に電気を提供することが可能となります。 ただし、この場合でも、発電事業者は、事業を開始する 前に届出を行う必要があります。 発電設備の規模等に応じて電気事業法上の保安規制が別途適用され得ることには留意が必要です。発電設備に対する 電気事業法上の保安規制は、規模や種類に応じて異なります。小規模設備では比較的簡易な規制が適用されますが、 規模が大きくなるほど保安監督者の選任や厳格な点検・保守が求められます。これにより、発電設備の安全性と 信頼性が確保され、電力供給の安定性が維持されます。この点は、
オンサイト PPA でも、オフサイト PPA でも 同じです。
再生可能エネルギーを調達する 効率的な方法の 1 つは、発電設備を自社で建設・運営し、発電した電力を直接消費することです。太陽光発電のコスト が低下する中、この方法は CO2 排出量削減と 電力調達コスト 削減の両方において、ますます効果的になっています。 自社の建物や土地を活用することで、 建設コスト を抑えることが可能です。また、自家発電された電力を使用することで、 送配電ネットワーク を使用する 必要がなくなり、託送料や再エネ賦課金を回避できます。
しかし、自家発電には発電設備の建設・運営に関する専門知識が必要であり、設備故障や事故による発電量の減少リスクも伴いますこれらのリスクを軽減するため、発電設備の建設・運営を事業者に委託する オンサイト PPA を採用する企業や自治体が増えています。オンサイトPPAでは、自家発電・自家消費と同様に電力を利用しますが、企業や自治体は設備の建設・運営・保守の責任を負う 必要がなく、発電された電力を固定価格で購入することができます。オンサイト PPA では、発電事業者と 需要家が電力単価や契約期間を定める電力供給契約を締結します。電力と合わせて環境価値も取得できます。その場合には、需要家が環境価値を対外的に主張するに当たって環境価値を証書化するために必要な登録申請、認定費用について、発電事業者と需要家のどちらが負担するのかを明らかにし、発電事業者において負担するのであれば、その費用を含めて、電力料金、環境価値の対価を決める必要があります。 発電事業者
が、その費用負担で発電設備を設置し、設置場所を需要家から無償貸与を受け、発電設備の保守管理を行い、契約期間が終了した時点で発電設備を需要家に無償で譲渡することも含めて電力供給契約で定めるか、またはそれらを定める 別契約を締結します。その場合、電力料金は、発電事業者において必要となる 発電設備の建設費用や維持費あるいはそれら の費用を賄うための融資元利金の返済等全て賄うことのできるものとする 必要があります。
2024 年 1 月、イオンモール株式会社は、住友商事株式会社と 四国電力株式会社の共同出資会社である Sun Trinity 合同会社と オンサイトPPAの包括契約を締結しました。この契約により、イオンの 12 店舗の屋外駐車場に、合計約 15MW のカーポート 型太陽光発電設備が設置される予定であり、 日本最大規模のものとなります。
オフサイト PPA ‒ フィジカル PPA(間接型)
フィジカル PPA は、電力取引において小売電力事業者が関与するかどうかにより、 直接型と間接型に分類されます。しかし、現行の電気事業法の下では、一般の需要に応じ電気を供給すること (小売供給) は、 経済産業大臣に登録された小売電力事業者を通じてのみ許可されています。そのため、 後述する 自己託送を除き、 発電事業者と 需要家が直接電力供給契約を締結することはできません。その結果、発電事業者と需要家の間に小売電力事業者が仲介役として介在する必要があります。この場合、発電事業者と 小売電力事業者が卸電力供給契約および環境価値移転契約を締結します。また、小売電力事業者と需要家が電力需給契約および環境価値移転契約を締結することで、間接型フィジカルPPAが成立します。 この場合、それぞれの契約をback-to-backの契約条件で締結します。そのほか、これらの契約に加えて、取引スキームの全体像などを規定し、三者間での整合的な規律を確保するための三者間契約を締結する場合もあります。
フィジカル PPA では、 オンサイト PPA と 同様に、 需要家は発電された電力とその環境価値に対して固定価格を支払います。ただし、これに加えて託送料、小売電力事業者の手数料、再エネ賦課金などの追加コスト が発生します。そのため、 需要家が支払う単価はオンサイトPPAよりも高くなります。
日本国内でコーポレート PPA を締結する 場合には、 発電事業者および小売電気事業者の有する 既存の卸売電力供給契約および電力需給契約をベースにして、コーポレートPPA特有の項目を追加する方法が採用されています。コーポレート PPA の契約項目は締結する 当事者によって多少の違いがあるものの、 規定すべき 項目はおおむね共通しています。 環境価値移転契約は、 売買契約ですので、 目的物の種類、数量、単価、代金等の売買契約の基礎事項の確認が必要となります。それに加えて、環境価値が売買の目的物となりますので、その特殊性に留意して、非化石証書、J-クレジット、グリーン電力証書などの日本における 環境価値の制度を理解し、その内容が契約に反映される必要があります。
2021 年 10 月、花王株式会社は、 発電事業者である ジェネックス株式会社および小売電力事業者のみんな電力株式会社との三者間 PPA に関する 基本契約を締結しました。
この契約は 2022 年 2 月に発効しました。この取り 決めに基づき、 花王はジェネックスおよびみんな電力が所有する 太陽光発電設備で発電された再生可能エネルギーを購入します。この電力はみんな電力を通じて供給され、 花王本社で使用される 予定です。この契約で発電される 年間電力量は約 850MWh と 見積もられており、これは花王本社の年間電力消費量の約 30%に相当します。
オフサイト PPA ‒ フィジカル PPA(直接型)
電気事業法上、発電事業者が自己と「密接な関係」を有する需要家に対して、自己託送(電気事業法第 2 条第 1 項第 5 号ロ) を利用して電気を供給する 場合や、 一般送配電事業者の送電ネットワークを利用せず自営線により 電気を供給する 場合には、例外的に一定の範囲で小売電気事業者を介さずに直接に取引を行うことも 可能です。ただし、これらの場合も 電気の「供給」行為には該当することから、 一つの需要場所のみに電気を供給しようとする場合等の例外的な場合でない限り、特定供給の許可(電気事業法第27条の33)を要することとなる 点には、留意を要します。
自己託送とは、一般送配電事業者が提供するサービスであり、自家用発電設備で発電した電力を、同一事業者(または密接な関係を持つ事業者)が運用する異なる場所の消費拠点に送電することを可能にします。このサービスは、小売電力事業者を介さずに電力と環境価値を移転する直接型フィジカルPPAで利用されます。
自己託送を利用するには、需要家が発電設備を維持・運用していること、または設備運用者と需要家が「密接な関係」 を持っていること が主な条件として必要です。この場合、送電ネットワーク を利用するための託送料や需給調整にかかる追加コストが発生しますが、再エネ賦課金が適用されないという大きな利点があります。
また、「密接な 関係」 がある 場合にも 自己託送を利用できます。 従来、「密接な 関係」は資本関係がある場合などに限定されていました。しかし、再生可能エネルギーを直接調達したいという需要の増加に対応するため、 2021 年 11 月 18 日に「電気事業法施行規則」が改正され(同日施行)、一定の条件を満たせば資本関係がなくても組合を形成することで自己託送が可能になりました。
組合契約による 自己託送が可能となるための要件は次のとおりです。
①当該組合の組合契約書において、 当該組合が長期にわたり 存続する 旨が明らかになっていること。
②当該組合の組合員名簿等に 当該供給者および当該相手方の氏名または名称が記載されていること。
③当該組合契約書において 電気料金の決定の方法および当該供給者と当該相手方における送配電設備の工事費用の負担の方法が明らかになっていること、その内容が特定の組合員に 対して不当な差別的取 扱いをするものでないことが認められること、その他組合契約書の内容等により当該供給者が当該相手方の利益を阻害するおそれがないと認められること。
④当該組合の組合員が新設した 再生可能エネルギー発電設備であること。また、重要な ポイント として、自己託送と異なり、 組合型の特定供給の許可要件を充
足するためには、共同して組合を設立した者に対する電気の供給が、自営線を介して行われる必要があります。
さらに 、2024 年 2 月 12 日から 適用された「自己託送に 係る 指針」の変更により、自己託送 PPA には以下の要件が加わりました 。
① 自己設置
自己託送として 発電事業者と なる 人によって自ら 設置した発電設備を 維持し、および運用し なければなりません(つまり、 他の人が設置する 発電施設を 譲渡、または貸与等を受けて、維持し、および運用リース し、その後、譲受人、または賃借人等が自己託送をすることはできません)。
② 自己需要
自己託送により電気の供給を受ける一の需要場所において、自己託送を利用しようとする者または当該者と密接な関係を有する者から他の者に対して電気の融通が行われ、当該他の者が最終的に 電気を使用する場合においては、当該者と当該一の需要場所内における当該他の者全てとの間に 密接な 関係がなければ、当該一の需要場所における需要は、当該者及び当該者と密接な関係を有する者の自己託送における需要に該当せず、自己託送となりません。
需要家は、自己託送のために、一般送配電事業者が不特定多数の者と同じ契約をする際に用いる定型的な約款に基づく託送契約を一般送配電事業者と締結する必要がありますが、密接な関係を持つ事業者との契約を除いて、その他の契約は必要ありません。 電気事業法上、一般送配電事業者は、正当な理由がなければ、その供給区域における託送供給を拒んではならないことになっています。
2021 年 4 月、ソニーグループは、愛知県にある400KW の太陽光発電設備から 同県内のソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ幸田サイトに電力を供給する 15 年間の自己託送プログラムを採用しました。
オフサイト PPA ‒ バーチャル PPA
バーチャル PPA では、電力と環境価値が分離され、需要家は環境価値のみを購入します。これにより、需要家は既存の電力契約を継続しながら、 発電事業者から長期的に環境価値を購入することが可能となり、電力契約を変更することなく 再生可能エネルギーを利用できるという大きな利点があります。
発電事業者は、バーチャル PPA の対象となる電力を卸電力市場で販売します。卸電力市場の価格は 30 分ごとに変動するため、発電事業者の収入は安定しません。このため、 発電事業者の安定した収入を確保するために、 バーチャル PPA には通常、フィジカルPPAと同様の固定価格契約が含まれます。 固定価格と市場価格の差額は、 需要家と発電事業者の間で精算されます。この仕組みにより、発電事業者は投資を回収できますが、 需要家は価格変動のリスク を負うことになります。 バーチャル PPA には、フィジカルPPAには存在しないリスクが伴います。
日本では、 2022 年度の制度変更により、 海外と 同様に発電事業者と 需要家が直接バーチャル PPA を締結することが可能になりました。 以前は、 環境価値を取引する 際に小
売電力事業者の関与が必要でした。しかし、 2022 年 2 月、電力・ ガス基本政策小委員会の制度検討作業部会において、 発電事業者と 需要家の直接取引を認める 方向性が示されました。この内容は「第 7 次中間整理(案 14)」に明記されています。 条件として、 再生可能エネルギー発電設備は 2022 年 4 月以降に運転を開始していること、 FIT制度の認定を受けていないこ とが求められます。 FIP 制度の認定を受けた設備や FITから FIP に移行した設備も 対象です。また、 FIT の買取期間が終了した設備(卒 FIT設備) も バーチャル PPA を直接締結できます。
電力は商品先物取引法上の「商品」 に該当するため(商品先物取引法第 2 条第 1 項第4 号)、電力の約定価格と 現実価格の差金決済取引については、 原則として同法上の「店頭商品デリバティブ取引」 に該当し(商品先物取引法第 2 条第 14 項第 2 号)、 これを業として行う 者は、 原則として商品先物取引業の許可を取得する 必要があります(商品先物取引法第 2 条第 22 項第 5 号、同法第 190 条第 1 項)。 2022 年 11 月、 この点に関する 経済産業省の見解が公表され、 商品先物取引の解釈・運用上で一定の整理がなされました。 具体的には「バーチャル PPA が店頭商品デリバティブ取引に該当するかの判断については、 個別の契約ごとにその内容を確認する 必要がありますが、 一般論として、 差金決済について、 当該契約上、少なくとも 以下の項目が確認でき、 全体として再生可能エネルギー証書などの売買と 判断することが可能であれば、 商品先物取引法の適用はないと 考えております」との見解が示され、「以下の項目」 として、「取引の対象となる 環境価値が実態のあるものである(自称エコポイント などではな
い)」、「発電事業者から 需要家への環境価値の権利移転が確認できる」との 2 項目が示されました。
FIP 制度と バーチャル PPA を組み合わせることで、 発電事業者と 需要家は価格調整なしに固定価格契約を締結することが可能になります。 FIP プレミアムは、 各発電設備で設定された基準価格と 卸電力市場の平均価格に基づいて算出されます。 基準価格は固定されているため、 市場価格が下落すると プレミアムが増加します。この仕組みにより、 バーチャル PPA の固定価格と 市場価格の差額をプレミアムが補填し、 発電事業者の収入を安定させることができます。
2023 年 10 月、自然電力株式会社は、 愛知県犬山市にある 25MW の太陽光発電所からマイクロソフト に再生可能エネルギーを提供する 20 年間のバーチャル PPA を締結しました。 価格の詳細は公表されていませんが、この施設は日本でバーチャルコーポレート PPA の下でファイナンシャルクローズを達成した最大規模の単一資産型太陽光発電所の 1 つです。 運転は 2024 年 2 月に開始されました。
今後の改革
2025 年 2 月 18 日、日本政府は脱炭素電源の大幅な増加が含まれる 新たな「エネルギー基本計画」 と「地球温暖化対策計画」 を閣議決定しました。 新たな「エネルギー基本計画」 では、 2040 年のエネルギーミックスを以下のように設定しています。 再生可能エネルギー40~50%、原子力 20%、火力発電 30~40%。再生可能エネルギーの内訳は、 太陽光発電 23~29%、風力発電 4~8%、水力発電 8~10%、地熱発電 1~2%、バイオマス 5~6%となっています。また、 新たな「地球温暖化対策計画」 では、 2035 年までに 2013 年比で温室効果ガス排出量を 60%削減し、 2040 年までに73%削減する 目標を掲げています。これに伴い、 日本政府は気候変動に関する パリ 協定に基づき、 新たな削減目標を国連に提出しました。 経済のデジタル化による データセンターや半導体工場の増加に伴い、 電力需要が増加すると予想されています。
さらに、 2025 年 2 月 18 日、日本政府は「GX(グリーントランスフォーメーション)2040 ビジョン」 を閣議決定しました。このビジョンには、 データセンターや半導体工場などのエネルギー集約型産業施設を、 再生可能エネルギーや原子力などの脱炭素電源の近くに集約する 計画が含まれています。このビジョンでは、 カーボンプライシング(炭素価格制度) の段階的導入を示しています。すなわち、 2026 年度からの本格的な排出量取引制度、 2028 年度からの化石燃料課徴金の導入、 2033 年度からの発電事業者向け有償オークション制度の導入です。これらの措置は、 2023 年の通常国会で成立した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する 法律」 で既に取り 上げられています。これらの措置を実施するため、 日本政府は 2025 年 2 月 25 日に同法の改正案を 2025 年通常国会に提出しました。
カーボンプライシングの導入により、 環境価値に関する 取引がさらに活性化すると 期待されています。