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日本における仲裁人の潜在的な利益相反の開示義務について

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この記事は、大阪高等裁判所決定平成31年3月11日判タ1468号65頁(以下「本決定」という。)を分析及び検討したものである。英国の最高裁判決、ハリバートン対チャブが仲裁人の利益相反と明白なバイアスのリスクに関連して注目を集めているが、日本の最高裁においても、最近、仲裁人の利益相反問題を扱い、仲裁人の開示義務に関する日本の法律の解釈を示した。本決定の事案(以下「本事案」という。)は、ハリバートンの件と同じく2015年に遡り、仲裁人が潜在的利益相反の開示を怠ったとして、仲裁判断の取消しを申し立てた。この事案は、日本の裁判制度のあらゆる審級で取り上げられたが、最近、日本の最高裁判所が一定の介入を行い、大阪高等裁判所が再審理を行った。この過程で、最高裁は、仲裁人の情報開示について、事実に基づく「合理性」の評価に重点を置いた新たな法的基準を示したため、日本の仲裁判断が将来的に新たな課題に直面する可能性がある。

背景

本事案は、日本商事仲裁協会(JCAA)の支援の下で出された仲裁判断を取り消そうとするもので、その根拠は、仲裁人の一人であった、ある法律事務所のシンガポールオフィスのパートナーが、同事務所の米国オフィスに所属するアソシエイトが本事案とは無関係の継続中の案件において申立人の関連会社を代理していた事実を開示しなかったことである。

日本の仲裁法は、「自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実」(第18条第3項及び第4項)について仲裁人に開示することを求めており、国際仲裁における利益相反に関するIBAガイドライン(以下「本ガイドライン」という。)に反映されている国際的なベストプラクティスでは、そのような潜在的な利益相反が存在しないことを確認するために、仲裁人とその事務所がコンフリクト・チェックを行うことが求められている。本ガイドラインでは、本事案は「オレンジリスト」と呼ばれる状況に該当するため、コンフリクト・チェックが行われるべきであったとされている。オレンジリストは、当事者の目から見て、仲裁人の公正性又は独立性に疑いを生じさせる「おそれのある」状況を列挙しており、以下のような状況をすべて開示する義務があるとする。

▻ 3.1.4: 仲裁人の法律事務所が、過去 3 年以内に、無関係な事件につき、当該仲裁人が関 与することなく、一方の当事者若しくはその関係会社のため又はこれらの相手方のために活動した。

▻ 3.2.1: 仲裁人の法律事務所が、現在、その法律事務所との重大な商業上の関係を構築することなく、かつ当該仲裁人が関与することなく、一方の当事者又はその関係会社に役務を提供している。

事案の概要

本事案は少し複雑であるが、本件の開示漏れは基本的には管理上の不備から生じたものである。確かに仲裁人のアソシエイトは仲裁申立人の関連会社を代表して、本事案と一切関連性のない米国の裁判手続を行っていた。しかし、それはアソシエイトが転職前に所属していた法律事務所で担当していたもので、当該アソシエイトがその法律事務所を退職した際、その法律事務所は、辞任があったことを米国裁判所に通知する書類を提出しなかった。その結果、アソシエイトの名前が裁判所の記録に残ってしまっていたのである。

さらに本事案を複雑にしているのは、仲裁手続の途中で、かつてアソシエイトが業務を提供していた会社が、仲裁申立人の会社を買収したことにより、関連会社となったため、これが仲裁手続の途中(仲裁人が選任される前ではなく)で問題になったのである。

仲裁人の事務所は適切なコンフリクト・チェックシステムを導入していたが、結果的に事務所も仲裁人も記録上の潜在的利益相反が存在することを認識していなかった。このアソシエイトは、法律事務所を退職した際、仲裁申立人の関連会社を代理することはなくなったため、コンフリクト目的のクライアントとして認識していなかった。そのため、米国の裁判所の記録には利益相反の可能性が示されていた(更新されていなかった)にもかかわらず、コンフリクト・チェックでは利益相反の可能性が発見されず、それが本件における仲裁被申立人が仲裁判断の取消しを申し立てるきっかけとなった。

仲裁機関は申立人に有利な仲裁判断を下したが、これに対して仲裁被申立人は、非開示のために仲裁廷の構成が日本法に反することを理由に、仲裁判断の取消しを求めて大阪地方裁判所で訴訟を提起した(仲裁法44条1項6号)。

大阪地方裁判所

国際仲裁のコミュニティからは、このような状況下において、大阪地方裁判所は賢明かつ適切なアプローチをしたとみられており、また日本が仲裁に友好的な法域であるという評価を確かなものにした。大阪地方裁判所は、以下の理由で取消しの申立てを棄却した。

・仲裁人の公正性又は独立性を疑うに足りる「相当な理由」がなく、仮にその状況が開示されていたとしても、仲裁判断の結果には影響しなかったこと。

・仲裁人の開示義務違反があったとしても、それは「軽微」なものであり、仲裁判断の取消しは相当ではない。さらに、仲裁人は「表明書」をJCAAに提出しており、原審申立人/仲裁被申立人はそれに異議を唱えていなかった。

評釈者は、違反が軽微であり、仲裁判断の結果に直接的な影響を与えない状況で、裁量的な理由で仲裁判断の取り消しを認めなかったことは、地方裁判所は積極的に仲裁を支持するアプローチを示したといえ、賛同すべき点が多いとしていた。

大阪高裁(差戻し前抗告審)

しかし、この問題は大阪高等裁判所に即時抗告され、2016年6月に大阪高裁は地裁の決定を覆し、開示されていなかった情報に対する抗告人/仲裁被申立人の視点をより重視した。仮に利益相反の可能性があったとしても、それは重要でないという共通認識があったにもかかわらず、大阪高裁は開示されていない情報は、仲裁廷の長に異議を申し立てるという仲裁被申立人の決定に重大な影響を与えたはずであり、その情報を開示しなかったことにより、仲裁被申立人の立場が不利になったと判断した。

言い換えれば、大阪高裁は、仲裁人は知らない事実を開示することを免れないとし、仲裁人は 「手間をかけずに知ることができる事実について開示のために調査すべき義務を負う」とした。仲裁廷の長は、開示されるべき事実があったかどうかを調査する義務があり、当該義務には容易にアクセスできるすべての情報を検索する義務も含まれていた。 同裁判所は、より徹底したコンフリクト・チェックが行われていれば、その情報は特定され、開示されるべきだったと考えた。その結果、大阪高裁は、この情報を特定できなかったことは重大な手続上の瑕疵であり、たとえ仲裁の結果に直接影響を与えなかったとしても、仲裁法の下での取消事由に該当するとすることに十分であると判断した。

JCAAに対して提出された「表明書」では、仲裁人は、選任された時点で、自分の事務所の同僚が将来的に潜在的な利益相反を引き起こす可能性のある事項に従事する可能性があることを宣言していたが、大阪高裁は、本件での仲裁人の事前の宣言としての一般的な免責は、仲裁法の下で要求されるものには該当しないと判断した。これは、そのような利益相反がいつ発生するかを利益相反を疑う当事者が発見することが困難であることを認めたものであり、特に、非公開で行われる無関係な仲裁手続では困難とした。

このように、大阪高裁は仲裁手続とその結果である仲裁判断の公正さを確保し、仲裁システムの信頼性を維持するために、仲裁判断を取り消し、仲裁人の情報開示義務は仲裁手続の完全性を確保するために最も重要であると結論付けた。

最高裁判所

当然のことながら、この問題は許可抗告され、2017年12月、日本の最高裁判所は大阪高等裁判所の決定を破棄した。最高裁は、仲裁人の開示義務の範囲とその継続性について大阪高裁に同意した。また、仲裁人がJCAAに提出した表明書は、仲裁法第18条の目的である開示義務の不履行を免れるのに十分ではないことにも同意した。しかし、最高裁は、仲裁人が開示義務を果たしているかどうかを判断する際の大阪高裁の基準には同意しなかった。その代わりに、最高裁は、仲裁人は、次のいずれかの場合には、「自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある」事実を開示する義務があるとした。それは、仲裁人が、(i)当該事実を認識していた、又は(ii)合理的な範囲の調査を行うことによって当該事実が通常判明し得た場合であるとした。

最高裁は、本件において、仲裁人が潜在的な利益相反を実際に認識していたか、また、仲裁法第18条第4項に基づく合理的な調査が行われていたとしても、仲裁人が仲裁終了前に利益相反を発見できたかは不明であると判断した。したがって、本件は、これらの問題、特に、仲裁人が潜在的な利益相反を実際に知っていたか及び合理的な調査やコンフリクト・チェックが行われていたかをさらに検討するために、大阪高等裁判所に差し戻されたものである。

大阪高裁(差戻し後抗告審)

2019年3月、大阪高裁の差戻し後抗告審決定により、最終的な結論が示された。

・仲裁人と同じ法律事務所に所属する別の弁護士が、仲裁人が選任された仲裁事件の当事者の関連会社の別件訴訟の訴訟代理人を務めていた事実は、仲裁法第18条第4項により開示されるべき事項に該当する。

・しかし、仲裁人の所属する法律事務所が一般的な水準のコンフリクト・チェックシステムを構築しており、仲裁人がそのシステムで要求されている方法でコンフリクト・チェックを行った場合、仲裁人は潜在的に開示可能な情報について合理的な範囲の調査を継続的に行ったと評価されるべきである。

要するに、大阪高裁は、本件の対象情報は性質として開示されるべきであったが、仲裁人は、標準的なコンフリクト・チェック(「合理的な調査」)を行うことで、仲裁法の下での義務を果たしていたと判断したのである。そのため、仲裁判断は維持されたが、取消しの申立てから最終的な判断が示されるまで5年を要した。

コメント

特に情報が開示されたとしても、その事実が事件の結果に影響を与えることはなかったと判断された状況において、日本の裁判所は最終的に正しい判断を下したと言えるであろう。当事者にとっては多くの時間を要することとなったが、本決定は、今後、仲裁人に関連する情報開示の問題が発生した場合に参考となる先例となった。

近年、仲裁人に対する忌避申立てが増加していることを念頭に置きつつ、本件は、たとえ仲裁人の公正性や独立性を疑うに足りる「相当な理由」にならないとしても、潜在的な利益相反があれば当事者に開示されるよう、徹底した包括的なコンフリクト・チェックシステムを確立することの重要性を強調している。

同様に重要なのは、潜在的な利益相反が存在するが検出されない場合でも、定期的なコンフリクト・チェックが行われていれば、合理的な調査が実際に行われており、仲裁人は開示義務を遵守しているため、仲裁人(及び下された仲裁判断)は取消しの申立てから保護されるべきである。

本件は、クライアントにとって、このような問題を早期に、かつ最も費用対効果の高い方法で回避するために、仲裁人候補に適切な質問をすることができる経験豊富な仲裁代理人を選ぶことが常に重要であることを示すものと言える

本決定は、仲裁判断が維持され、国際仲裁における日本の評価の向上には好ましいことであるが、最高裁が仲裁人の情報開示に関する法的基準を「合理的な範囲の調査」の基準に基づいて新たに策定したことにより、下級裁判所による仲裁人の行為に対する事実に基づく調査がより多く行われる可能性がある。昨今、弁護士は法律事務所を頻繁に移動する傾向にあり、また、M&A取引が年々増加しているように思われることから、当事者は、裁判所による事実に基づく再審理が増える可能性に注意する必要がある。

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