本稿では、令和3年6月16日公布の「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」に基づき改正された「特定商取引に関する法律」(以下「特商法」といいます。)を取り上げます。具体的には、令和4年6月1日施行の特商法改正(以下「本改正」といいます。)のうち、事業者及び消費者の双方にとって特に関心が高いと思われる、①通信販売に関する規定の新設、②クーリング・オフ通知の電子化を取り上げます。
なお、本稿における特商法の条文番号は、全て本改正後の条文となります。
1 特商法の概要
特商法は、訪問販売、通信販売等の消費者トラブルが生じやすい取引類型(特商法1条で「特定商取引」と総称されています。)について、不当な勧誘行為の禁止、広告規制等の事業者に対する規制(行政規制)と、申込みの撤回又は契約の解除(クーリング・オフ)、意思表示の取消し等の消費者を守るルール(民事ルール)を定めています。行政規制の違反行為は、行政処分又は罰則の対象となるとともに、適格消費者団体の差止請求の対象となっています。本改正のうち、①通信販売に関する規定の新設は、行政規制及び民事ルールに関する改正、②クーリング・オフ通知の電子化は、専ら民事ルールに関する改正となります。
2 通信販売に関する規定の新設
(1)改正の趣旨
通信販売には、健康食品、化粧品、飲料等の商品を購入者に対して定期的に継続して引き渡す、定期購入商法と呼ばれるものがあります。このような定期購入商法について、近年、消費者トラブルが増加していると言われています。例えば、「初回無料」といった表示があるのに、実際には定期購入が条件となっていた、あるいは「いつでも解約可能」との表示があるのに、実際には解約にあたって細かい条件が設けられていた等、消費者が詐欺的な定期購入商法に関するトラブルに巻き込まれてしまったといった例があります。実際、独立行政法人国民生活センターのPIO-NETに寄せられた定期購入に関する相談件数が、2015年は4,141件だったのが、2020年には59,560件と約14倍も増加しているとの統計もあります。
このような詐欺的な定期購入商法への対策として、本改正が行われました。もっとも、本改正では、広く通信販売に関する規定が新設されており、必ずしも定期購入商法だけが本改正の影響を受けるわけではないので注意が必要です。
(2)特定申込みについて
本改正では、事業者が定める様式の書面又はインターネットを利用する方法により消費者が通信販売にかかる商品やサービスの購入や加入を申込むことが「特定申込み」と定義され(特商法12条の6第1項)、特定申込みに関する規定が新設されました。「特定商取引に関する法律等の施行について(通達)」の別添7「通信販売の申込み段階における表示についてのガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)では、例えば、折り込みチラシの一画に添付されている申込用はがきや、カタログに同封されている申込用紙等、消費者による契約の申込みに使用する目的で、販売業者等が事前に用意する紙媒体の申込み様式全般や、インターネット通販において、消費者がその画面内に設けられている申込みボタン等をクリックすることにより契約の申込みが完了することになっている、いわゆる最終確認画面が、特定申込みに該当するとされています。
(3)特定申込みに関する規定
本改正では、特定申込みに関して事業者が遵守すべき事項として、以下の規定が新設されました。
① 申込書(事業者が定める様式の書面により消費者が商品の購入等を申込む場合)及び最終確認画面(インターネットを利用する方法により消費者が商品の購入等を申込む場合)における一定の事項の表示(特商法12条の6第1項、11条1号乃至5号)
具体的には、商品等の分量、販売価格・対価、代金の支払の時期・方法、商品等の引渡・提供時期、申込期間、申込の撤回・解除に関する事項に関する表示が必要になります。本改正以前も、事業者は、通信販売をする場合の商品等の広告をするにあたっては、特商法11条に基づき、販売価格等の一定の事項を表示することが求められていましたが(ECサイトでは、一般的に、「特定商取引法に基づく表記」といったタイトルのページにおいて表示されています)、同条に基づく販売価格等の表示を行ったとしても、それが申込書又は最終確認画面においてされていないのであれば、特商法12条の6第1項の表示義務を果たしたことにはなりません。ただし、本ガイドラインによると、一定の場合には、特商法11条に基づく表示がされているページを参照する形式で特商法12条の6第1項の表示を行うことも許容されています。
なお、本改正では、広告上の表示義務事項についても、申込期間、サービス提供契約の申込の撤回・解除に関する事項に関する表示が追加されています(特商法11条)
② 申込書及び最終確認画面における人を誤認させるような表示の禁止(特商法12条の6第2項)
本ガイドラインによると、具体的には、以下の表示が禁止されています。
・有償の契約の申込みとなることを消費者が明確に認識できるようにしていない表示(同項1号)
・特商法12条の6第1項に基づく表示事項について、それが不実でないものの、その意味するところを誤認させるような表示(同項2号)
③ 特定申込みをした者の取消権(特商法15条の4)
事業者が上記特商法12条の6項に基づく表示を行わない、あるいは、禁止されている表示を行ったことにより、消費者が一定の誤認をして、特定申込みの意思表示をしたときは、当該消費者は、当該意思表示を取り消すことができます。
(4)不実告知の禁止の規定
事業者が通信販売に係る契約の申込みの撤回・解除を妨げるために、申込みの撤回・解除に関する事項又は契約の締結を必要とする事情に関する事項について不実のことを告げる行為の禁止の規定が新設されました(特商法13条の2)。「特定商取引に関する法律等の施行について(通達)」の本文では、例えば、事実に反して「定期購入契約になっているので、残りの分の代金を支払わなければ解約はできない。」などと告げる行為や、事実に反して「その商品は、いま使用を中止すると逆効果になる。」などと告げる行為が、不実告知に該当するとされています。
(5)違反行為に対する罰則等
特定申込みに関する規定及び不実告知の禁止の規定の違反行為は、行政処分(特商法14、15条等)又は罰則(特商法70条、72条等)の対象となるとともに、適格消費者団体の差止請求(特商法58条の19)の対象となります。
3 クーリング・オフ通知の電子化
(1)クーリング・オフ制度の概要
クーリング・オフ制度とは、通信販売を除く特定商取引について、契約の申込み又は締結をした消費者が、一定の期間内(8日又は20日以内)であれば、無条件で、当該契約の申込みの撤回又は契約の解除をすることができる制度です。
(2)クーリング・オフ通知の電子化
現行法においては、消費者がクーリング・オフを行う際、「書面」(紙媒体)により行うこととされていました。しかし、本改正により、消費者は、書面だけではなく、電子メール等の電磁的記録によってもクーリング・オフを行うことが可能となり、書面と同様、発した時にその効力が生ずることになりました(特商法9条1項及び2項等)。「特定商取引に関する法律等の施行について(通達)」では、電磁的記録によるクーリング・オフ通知の例示として、電子メールの他にも、USBメモリ等の記録媒体や事業者が自社のウェブサイトに設けるクーリング・オフ専用フォーム等により通知を行う場合が挙げられています。
クーリング・オフ通知の電子化が可能となったことにより、事業者においては、消費者の契約の申込時や契約締結時に消費者に対して交付すべき法定書面に、電磁的記録でのクーリング・オフが可能である旨の記載をすることが必要となります(訪問販売につき特商法4条、5条、特商法施行規則6条)。ただし、通達では、合理的な範囲内でクーリング・オフに係る電磁的記録による通知の方法を特定し、それを法定書面に記載することにより、事業者が確認しやすいクーリング・オフに係る電磁的記録による通知の方法を示すことは妨げられないとされています。
なお、通達では、事業者としては、電磁記録によるクーリング・オフを受けた場合、消費者に対し、クーリング・オフを受け付けた旨について電子メール等で連絡することが望ましいとされています。
4 最後に
通信販売事業者においては、特商法12条6項違反により、誤認をした消費者から意思表示を取り消されるリスクや、特商法12条6項又は13条の2違反により、行政処分又は罰則の対象となるだけでなく、適格消費者団体の差止請求の対象となるリスクがあることを認識した上で、本改正に沿った表示等の対応が必要になります。また、クーリング・オフの電子化についても、通信販売事業者以外の特商法の取引類型に係る事業者においては、上記の通り、法定書面に電磁的記録でのクーリング・オフが可能であることの記載をする等といった対応が必要になります。
なお、本ガイドラインの11頁から25頁には、特商法12条の6第1項に基づく表示の具体例が載っており、参考になります。
<関連URL>
〇通信販売の申込み段階における表示についてのガイドライン
〇特定商取引に関する法律等の施行について(通達)