1.はじめに
中国独占禁止法(以下、「独禁法」という)は、2008年8月1日の施行から既に12年以上が経過したが、実務の蓄積につれ、近年、独禁法関連法令の改正の動きが活発化している。改正の方向性としては、独禁法の規制厳格化、関連細則・ガイドラインの新規制定、実務への配慮の強化などが挙げられる。本稿においては、中国で事業を展開する日系企業にとって重要と思われる独禁法改正草案の内容の要点を紹介するとともに、実務上注意すべきポイントについて論ずるものとしたい。
2.本改正草案の公布
独禁法は、罰則の軽さや広範囲をカーバーする事業者結合申告基準など種々の問題が指摘されていたことを受け、2017年にその改正作業が始まり、第13回全国人民代表大会常務委員会(任期2018年3月~2023年3月)において独禁法が立法計画に編入され、2020年1月2日には国家市場監督管理総局公式サイトで独禁法改正草案意見募集稿(以下、「本改正草案」という)が公表され、約1ヶ月にわたり一般からの意見募集が行われた。また、全人代常務委員会法制工作委員会が2020年12月21日に行った記者会見では、2021年の重点立法作業に独禁法の改正が含まれるとの発言があった。
本改正草案は、現行独禁法の基本的な枠組みを変更するものではないが、独占協定(カルテル)の締結を幇助する行為にも規制の範囲を拡げ、インターネット関連事業者の市場支配的地位の認定に関する条項を追加し、罰則を著しく強化するとともに(刑事責任にも言及)、より厳格な証明責任を事業者に負わせるなど、規制強化の方向性を示している。
3.本改正草案による主な改正点と企業実務への影響
(1)独占協定
①独占協定仲介行為に対する規制
本改正草案17条及び53条2項は、他の事業者が独占協定の締結を手配する行為、その締結に協力する行為を禁止し、違反者に対しては独占協定を締結した当事者と同一の法的責任を問い、「協力者」や「仲介者」も処罰対象に含める「ハブ・アンド・スポーク」方式を採用するものとした。
これまでにも、事業者と取引先の間の独占協定締結を禁止する独禁法14条違反として、独占協定仲介行為を処罰する事例は存在していた。例えば、2014年、某外資系自動車総販売会社が複数のディーラーによる販売価格を統一する独占協定の締結を仲介した事件では、各ディーラーが競合関係にある事業者の間の独占協定締結を禁止する独禁法13条違反を理由に年度売上高の1%~2%の過料とされた一方、仲介者たる総販売会社もこれらディーラーの川上事業者であるとして、独禁法14条に基づき前年度売上高の6%の過料に処された。しかし、総販売会社が単に各ディーラーの価格交渉を仲介しただけで、価格の制限をしていなかった場合に独禁法14条違反を認めると、規定の文言と乖離する。この点、本改正草案が正式に公布・施行されれば、17条及び53条2項により、このような仲介行為を行ったにすぎない事業者も、独占協定締結の幇助者として、独占協定締結者と同様に処罰(前年度売上高1%~10%の過料)されることとなり、取締りも活発化するものと予想される。
したがって、総販売会社においては、自ら独占協定を締結しないことはもちろん、例えばディーラーから、他のディーラーとの販売価格や販売地域の調整を求められたとしても、それに応じないよう注意しなければならない。
②未実行の独占協定締結への処罰の強化
独占協定を締結したものの、その実行がなかった場合の罰則について、現行独禁法46条1項は50万人民元以下の過料と定めているが、本改正草案53条1項は、その上限を100倍の5000万人民元にまで一気に引き上げた。一方、その下限に関しては現行法同様、本改正草案においても定められていないため、独禁当局の裁量の幅は大きく、各行為の情状などに応じてその金額が決定されることになる。
例えば、会社の従業員(役員を含む)が業界団体の会議に出席し、その会議の場で独占協定の締結に対し自社の反対意見を明確に表明しなかった場合、たとえその協定に基づいて自社の経営方針を調整するといった行為を実際に何ら行わなかったとしても、独占協定の当事者と認定され、「未実行の独占協定締結」として、本改正草案53条1項により高額の過料を科されるケースも考えられる。
(2)市場支配的地位の濫用
本改正草案において、市場支配的地位の濫用に関する大幅な改正は行われていないが、中国におけるインターネット事業の発展を受け、同草案21条2項は、インターネット関連事業者の市場支配的地位の認定にあたり考慮すべき要素として、ネットワーク効果、経済規模、閉鎖効果、データ取得・処理能力などを定めた。既に2019年9月に施行された「市場支配的地位の濫用行為の禁止に関する暫定規定」も、インターネット分野における市場支配的地位の認定にあたり考慮すべき事項として、業界の競争の特徴、経営モデル、ユーザー数、ネットワーク効果、閉鎖効果、技術特性、市場イノベーション、データ取得・処理能力、事業者の関連市場における市場力などの要素を挙げるとともに、知的財産権に関する市場支配的地位の認定にあたり考慮すべき要素として、知的財産権の代替性、知的財産権を利用して提供された商品に対する川下市場の依存度、事業者に対する取引相手の抑制均衡能力などの要素を明確に定めている。
急激に変化するインターネット業界に関して、関連市場の画定、当該市場における支配的地位の認定などはいずれも極めて困難な課題となっている。これまでの中国において、この分野の独禁法関連民事訴訟は多数提起されていた一方、行政処罰事例はあまり見受けられなかった。しかし、インターネット大手企業の独禁法処罰事例が国際的に注目される中、最近の中国でも、Tmallと京東(JD.com)のような「二者択一」(独占販売)や、Amazon電子書籍のようなMFN条項に関する事象が着目されるようになっており、「知的財産分野に関する独占禁止ガイドライン」の公布・施行に伴い、インターネット分野における市場支配的地位濫用の処罰事例も現れるものと予想される。
(3)事業者結合
①申告義務不履行に対する処罰の強化
本改正草案に対して企業が最も関心を寄せる点は、事業者結合申告義務の不履行に対する罰則の強化であると思われる。現行の独禁法は、処罰金額の上限を「50万人民元以下の過料」と定めており、2020年8月末までに公表された当該行為の処罰事例56件における過料の金額は15万~40万人民元の範囲にとどまっていることから、あまりにも軽いとの評価もなされていた。その後、2020年年末に、申告義務不履行により、中国の大手インターネット企業3社が処罰金額の上限である50万人民元の過料を受け、注目を浴びた。
過料金額について、本改正草案55条1項は、独占協定・市場支配的地位濫用と同等の「事業者の前年度売上高10%以下の過料」にまで引き上げるものとしている。今後、本改正草案がこの金額基準のまま正式に公布・施行された場合には、申告義務の不履行に対する過料の金額が数千万ないし数億人民元単位となることも考えられる。それゆえ、合併、買収、合弁会社新設等を計画する企業においては、事業者結合申告義務の有無を適切に判断し、その義務を負うときは確実に申告手続を行って、莫大な過料の負担を避けなければならない。したがって、事業者結合の申告義務の不履行のリスクを抱えた企業においては、速やかに補充手続を行い、現行法の下で処罰を受けたほうが軽い負担となる。
②「支配権」の定義
申告義務の有無の判断にあたって重要な概念となる「支配権」について、これまで独禁法及び関連法令に定義規定はなく、「事業者結合申告に関する指導意見」3条がその判断基準を定めていた。この点について、本改正草案23条2項は、「支配権とは、事業者が直接又は間接的に、単独又は共同で他の事業者の生産経営活動又はその他の重大な決定に対して決定的な影響を与えうる権利若しくは実際の状態を有し又は有しうることをいう」と定め、法律レベルで初めてその定義を行った。もっとも、実務的観点からすると、「決定的な影響を与えうる権利若しくは実際の状態を有しうること」の要件に関しては、難しい判断を迫られることもあると懸念される。特に少数持分・株式を取得する取引に際しては、支配権取得の有無を慎重に判断する必要があり、支配権を取得し又は取得しうる場合には、結合取引の実行に先立ち事業者結合申告を行うことが望まれる。
③申告基準の改正
事業者結合の申告基準が定められたのは2008年のことであるが、その後、中国経済は大きく発展し、多くの多国籍企業から、当時の申告基準とされていた売上高の金額はあまりに低く、現状に則していないとの指摘がなされるようになった。この点について、本改正草案24条2項は、国務院独禁法執行機関が経済発展水準、業界規模に基づいてこの申告基準を改正しうるものと定めていることから、同草案の正式な公布・施行後においては、国家市場監督管理総局による簡素化された手続を前提とした申告基準の改正が行われ、その際には、売上高以外の基準も採用されるようになるのではないかと予想される。
④申告基準に達しない結合に対する調査
本改正草案24条3項は、申告基準に達していない結合であっても競争制限が懸念される取引については、当局において調査を行うべきものと規定している。同旨の規定は、既に「事業者結合申告基準に関する国務院の規定」に定められていたが、これまでに報道された実際の調査事例は2016年の滴滴出行(DiDi)によるUber買収案件のみであった。国務院の規定内容を法律に格上げする今回の動きからは、調査を積極的に実施しようとする独禁当局の姿勢が窺われる。さらに、本改正草案34条は、申告基準未到達の結合につき、調査の結果、競争制限・排除の効果があり又はその可能性があると判断された場合、結合取引実行の禁止、制限条件の付加又は結合前の状態への回復を命じうるものと定めている。したがって、市場占有率が高い企業(例えば一部のstart-up企業)は、申告基準に達しない場合であっても、後日調査される可能性があることを念頭に置くべきであろう。
⑤独禁局出先機関の開設
現在、事業者結合申告の審査は、すべて中央省庁の担当局たる独禁局において行うものとされているため、当局の負担を軽減し、企業側の手続きの利便化を図るため、本改正草案11条2項は、独禁局が地方に出先機関を設置することを認めることとした。また、地方においても同旨の準則が定められており、例えば「上海市事業者独占禁止コンプライアンス遵守ガイドライン」には、上海市市場監督管理局が上海市の事業者結合に対する監督及び法による調査を行うとの規定があり、2020年9月1日に国家市場監督管理総局の認可を得て上海市市場監督管理局が上海自由貿易区臨港新片区管理委員会と共同で公布した競争強化政策実施試行11の措置も、臨港新片区における事業者結合審査制度の試行について定めている。これらにより、今後は上海などの地方でも事業者結合申告の手続が行われ、結審まで迅速に進むものと期待される。
(4)刑事罰を含むその他の規制の強化
罰則の強化は本改正草案最大の特徴であり、既述の事業者結合申告義務の不履行のみならず、業界団体に対する過料が本改正草案53条により、独占行為の調査妨害に対する過料が同59条により、いずれも大幅に引き上げられている。
特に同草案57条後段は、独占行為に対し刑事責任も問いうるものとしており、企業としては、この点に注意しなければならない。実際に刑事罰を定めているアメリカや日本の独禁法は、ハードコア・カルテルのみに限定して厳しく罰する方式を採用しているが、既に入札者による通謀を入札通謀罪として罰している中国刑法も、今後の改正により、ハードコア・カルテルのような重大な独占行為や、その他刑罰による抑止が必要な頻発する独占行為を刑罰の対象とすることが考えられる。
4.おわりに
2018年4月に中国独禁法執行機関が一元化され、独禁法分野の立法・運用にも種々の変動がみられたが、これら一連の動きの中で、独禁法改正草案の公表と種々のガイドラインの制定は、これまでの蓄積の集大成というべき最大の成果となろう。独禁法の改正は全人代常務委員会の2021年立法計画に盛り込まれたことから、近い将来の正式な公布・施行が期待される。本改正草案の内容から独禁法執行の厳格化傾向が窺われるなか、日本企業においては、本改正草案の要点を把握して独禁法コンプライアンスに活かし、中国での独禁法違反を避けることが望まれる。