1.はじめに
中国では独禁法分野において、2021年11月18日に3つの大きな出来事があった。1つ目は、「国家市場監督管理総局独禁局」が「国家独禁局」に改められ、トップが日本でいえば副大臣クラスに相当するレベルへと格上げされる組織改編が行われた。2つ目は、「原薬の分野における独占禁止に関するガイドライン」(以下、「原薬独占禁止ガイドライン」という)が公布され、2021年11月15日より実施された。3つ目は、中国南京市の某原薬販売会社に対して市場支配的地位の濫用を理由とした処罰が行われ、約658万人民元(約1.2億円)の違法収入の没収・過料が科された。
そのうち、「原薬独占禁止ガイドライン」は、2020年10月13日から同月30日まで意見募集が行われ、約1年後に正式公布に至った。これは、自動車業界及びプラットフォーム経済に関する独占禁止ガイドラインに続き、中国において3つ目の業界特化型の独占禁止ガイドラインとなる。本稿では、原薬業界のみならず、「原薬独占禁止ガイドライン」から分かった各業界にとって共通性と参考価値のある情報を紹介したい。
2.原薬に係わる関連市場の画定
(1)生産市場と販売市場をそれぞれ別の関連製品市場として画定
「原薬独占禁止ガイドライン」4条では、原薬の関連市場の画定について定めている。そのうち製品市場について、1種の原薬に関して通常は単独で関連製品市場を構成するが、必要に応じて関連製品市場をさらに原薬の生産市場と販売市場と細分化できるとしている。
筆者らのチームは年間数多くの事業者結合届出事案を担当しているが、多くの製品・業界について、細分化するよりも、生産市場と販売市場を細分化せず、1つのまとめた製品市場とする事例のほうが多かった。ただし、自動車、原薬又は医薬品など、販売事業に許認可、莫大な資金、特別なノウハウ、販売ルートなどが必要な場合には、生産市場と販売市場を別々の関連製品市場を画定する必要が生じうる。
もっとも、「原薬独占禁止ガイドライン」でも、具体的な状況に応じて1種の原薬をさらに細分化することが可能だと定めており、これは他の製品でも通用しうるルールであるが、製品市場の画定にあたっては、やはり代替性分析が重視される。
(2)医薬品事業のような認可制業界の関連地域市場について通常は国レベルと画定
中国では、医薬品の生産、販売、輸入は、許認可・届出などの行政手続を要するため、外国の原薬を含む医薬品の生産・販売業者による中国での事業展開は決して簡単ではない。このような認可制業界に関し、法令・行政命令は国家間の自由な流通の障壁となりうるため、通常、関連地域市場は国レベルと画定される。「原薬独占禁止ガイドライン」でも、これを理由に原薬の生産・販売の関連地域市場を通常中国市場と画定するとされている。
また、業界を問わず、許認可のほか、高い関税、高い運送コスト、国家間の消費習慣の違いなども、関連地域市場が国レベルと画定される理由として挙げられる。
3.原薬に係わる独占協定の認定
(1)共同生産、共同入札、販売提携など様々な水平型独占協定の形式
「原薬独占禁止ガイドライン」6条では、原薬の生産、販売業界における水平型独占協定の形式を列挙している。
原薬生産企業について、競合他社との次の取り決めは通常、水平型独占協定に該当しうる。
- 共同生産協議、共同購入協議、共同販売協議、共同入札協議
- 原薬の生産量、販売数、販売価格、販売対象などを主な内容とする協議
- 原薬の販売価格、生産能力・生産量、生産販売計画などのセンシティブ情報を第三者(例えば、原薬販売企業、川下の医薬品生産企業)を通じて伝達すること
- 原薬の不生産・不販売、補償支給に関する合意
そのうち、共同生産協議、共同購入協議、共同販売協議、共同入札協議に関し、「自動車業界独占禁止ガイドライン」では効率向上や競争促進の効果にも言及しているが、「原薬独占禁止ガイドライン」では、これらの効果については言及しておらず、より厳しく規制する態度が示されている。
原薬販売企業について、競合他社との購入数、購入対象、販売価格、販売数、販売対象などに関する販売提携協議、購買提携協議は通常、水平型独占協定に該当する。また、原薬販売企業が原薬生産企業に対し、競合関係を有する原薬生産企業の販売価格、生産能力・生産量、生産販売計画などのセンシティブ情報を開示することは避けなければならない。
(2)利益率、値引き範囲の確定なども、垂直型独占協定に該当
「原薬独占禁止ガイドライン」によれば、契約による直接的な転売価格の固定や最低転売価格の制限が垂直型独占協定に該当するのはもちろんのこと、生産業者と販売業者・ディーラーの間における販売業者の利益率、値引き範囲、ポイントバックの固定や価格制限を遵守しない川下企業へのポイントバックの取消し、値引きの減少、供給拒否、又は契約解除などによる間接的な価格制限も垂直型独占協定に該当する。また、形式的には契約書締結のほか、口頭での約束、書面レター、電子メール、価格調整通知などの形が存在する。
特にご注意いただきたいのは、再販売価格に関する制限のほか、販売地域や販売先の制限に関して、他の業界、例えば自動車販売業界では一定の合理性が認められているが、「原薬独占禁止ガイドライン」では、その合理性に言及しておらず、一般的に中国独禁法14条において禁止されている独占協定を構成しうると強調していることである。このように、独禁法当局は一般業界よりも、原薬業界に対してより厳しい態度を取っていることが分かる。
4.市場支配的地位の有無に関する判断要素
他の分野に比べ、原薬分野は市場支配的地位の濫用が成立しやすい傾向があり、今年も3件の行政処罰が公表された。市場支配的地位の濫用について考えるときには、まず市場支配的地位の有無を判断しなければならず、通常、画定された関連市場(上記2ご参照)における事業者のグループ単位の市場占有率が重視される。
「原薬独占禁止ガイドライン」によれば、市場占有率を考えるとき、売上高又は販売量の観点から見るだけではなく、原薬生産企業に関しては実際の生産能力、潜在的な生産能力も考える必要があり、また、原薬販売企業に関しては在庫量、及び当該販売企業がコントロールできる生産企業の販売量比率などの要素も考慮することになる。そのほか、2020年のグルコン酸カルシウム原料薬事件の法執行実務を参照し、原薬の事業者が他の事業者を実際に支配していることを証明する証拠がある場合、これら両者の市場占有率を合わせて計算するのが一般的であるとしている。
5.法定の届出基準に達していない事業者結合でも調査されうる
原薬業界に関する事業者結合届出について、本来は他の業界と明らかな差異がなく、事業者結合届出に関する法令に従い手続を実行すればよいものである。
一方、「原薬独占禁止ガイドライン」では、一部の原薬市場規模が相対的に小さいため、事業者の年間売上高が法定の届出基準に達していなくても、市場占有率と市場集中度が高い場合、事業者が自主的に届出をすることもでき、また、自主的な届出が行われない場合も、結合が競争を排除、制限する効果を有する可能性がある場合、独禁法当局が調査を発動することもある。さらに、原薬の事業者に対しては、結合実施前の独禁局への事前相談が奨励されている。
実際に、法定の届出基準に達していなくても調査されうるということについて、現在改正中の中国独禁法にも類似規定が設けられている。新興業界、ベンチャー企業、デジタル経済分野を想定した規定と見られているが、原薬業界のように、売上高が高くなくても市場占有率が高い可能性がある企業(例えば一部のstart-up企業)であれば、この規定に注目し、自主的に届出をしなくても、市場占有率が高い企業は申告基準に達していなくても後日調査される可能性があることを念頭に置くことが望まれる。
6.おわりに
中国独禁法の改正は近いうちに完成すると見られており、同法による取り締まりは現行法令よりも明らかに厳しくなっている。このような環境のなか、中国での事業展開にあたっては、独禁法リスクに十分注意しつつ、進めることが望まれる。本稿にてご紹介した「原薬独占禁止ガイドライン」の主なポイントが各業界の事業者の皆様のご参考になれば幸いである。