1. はじめに
2023年12月29日、刑法改正案(十二)(以下、「改正案」という)が全国人民代表大会常務委員会により採択され、同法は2024年3月1日から施行される。今回の改正案は、贈収賄犯罪に対する処罰規定の改正、民営企業の社内不正行為に対する処罰規定の強化という2つの面から、7条の刑法の条文を改正した。
2. 贈賄罪の改正
(1)法定刑の改正
贈賄罪に対する法定刑について、現行刑法390条により、贈賄罪を犯した場合、5年以下の有期懲役又は拘留と罰金が併科される。贈賄によって不当な利益を図り、情状が重大であり、又は国家の利益に重大な損害をもたらした場合は、5年以上10年以下の有期懲役と罰金が併科される。情状が特に重大であり、又は国の利益に特に重大な損害を与えた場合は、10年以上の有期懲役又は無期懲役と罰金又は財産没収が併科される。
この規定からみると、贈賄罪を犯した者に対する法定刑は、5年以下の有期懲役、5年以上10年以下の有期懲役、10年以上から無期までの懲役という3段階が設けられているが、改正案により、これらは3年以下の有期懲役、3年以上10年以下の有期懲役、10年以上のから無期までの懲役という3段階へと改正された。
従来の贈収賄罪の処罰は、贈賄より収賄を重く処罰する「収賄に重きを置き、贈賄を軽視する」との理念に基づいていた。その理由は、収賄罪の主体は国家工作人員であり、これらの者が収賄によって、国から与えられた権力を濫用して自己の利益を図り、さらに、公衆の利益を侵害することは、非常に悪質な犯罪行為であるとの評価による。一方、近年、贈賄者は贈収賄罪の原因であり、その主観的悪性も大きいほか、社会に悪影響を及ぼすことが認識されてきたため、「収賄と贈賄を同等に取り締まり、処罰する」という理念に転換されるようになった。
それにもかかわらず、法令上の処罰規定は、そのような動きに合致していない。2015年11月1日施行の刑法改正案(九)は、収賄罪の法定刑を3年以下の有期懲役、3年以上10年以下の有期懲役、10年以上から無期までの懲役という3段階に改正した。その一方で、贈賄罪の法定刑は改正されず、依然として5年以下の有期懲役、5年以上10年以下の有期懲役、10以上から無期までの懲役という3段階とされたため、刑罰からみると、贈賄罪の法定刑が収賄罪よりも重くなり、贈収賄を同等に規制する理念との不一致が生じた。
今回の改正では、贈賄罪と収賄罪の法定刑を整合して、いずれも3年以下の有期懲役、3年以上10年以下の有期懲役、10年以上から無期までの懲役とし、贈収賄罪を全面的かつ統一的に取り締まる姿勢が読み取れる。
(2)贈賄罪に対する加重処罰の情状の追加
改正案は、贈賄罪を加重処罰する情状を追加した。具体的に、①複数回の又は複数人への贈賄をした場合、②国家工作人員が贈賄をした場合、③国家重点プロジェクト、重大プロジェクトにおいて贈賄を行った場合、④職務、職級の昇進、調整のために贈賄をした場合、⑤監察、行政法執行、司法関連人員に対する贈賄をした場合、⑥生態環境、財政金融、安全生産、食品医薬品、防災救済、社会保障、教育、医療などの分野で贈賄を行って、違法犯罪活動を実施した場合、⑦違法所得を贈賄に使用した場合とされている。
これ以前にも、贈賄罪に対する加重処罰の情状は、2016年4月18日施行の「汚職賄賂刑事事件における法律適用に係る若干の問題に関する最高人民法院、最高人民検察院の解釈」(以下、「両高解釈」という)において定められていた。同解釈は、贈賄罪の立件基準が3万元であるところ、贈賄額が1万元以上3万元未満であり、かつ、次の6つの情状、すなわち、①3人以上に贈賄したこと、②違法所得を贈賄に使用したこと、③贈賄によって職務の抜擢、調整を図ったこと、④食品、薬品、安全生産、環境保護などの監督・管理の職責を有する国家工作人員に贈賄し、不法活動を行ったこと、⑤司法関係者に贈賄し、司法の公正に影響を与えたこと、⑥50万元以上100万元未満の経済的損害を発生させたことのいずれかがある場合、贈賄罪として法的責任を追及するものとしている。
今回の改正案は、基本的に両高解釈に定める情状を基礎として、さらに実務で見受けられることが多い事情及び社会危害性の高い事情を加重処罰の情状とした。今後、改正案の施行に伴い、両高解釈も改正、統合されると予想される。
3. 単位贈収賄罪の改正
(1)単位収賄罪
現行刑法387条によると、国家機関、国有会社、企業、事業単位、人民団体が他人の財物を要求し、不法に収受し、他人のために利益を図り、情状が重大である場合、会社は罰金に、その直接責任を負う主管者とその他の直接責任者は5年以下の有期懲役又は拘留に処される。
今回の改正案により、直接責任を負う主管者とその他の直接責任者に対する法定刑が、情状に応じて3年以下の懲役又は拘留と、3年以上10年以下の懲役の2段階とされた。
(2)対単位贈賄罪
現行刑法391条によると、不正利益を図るため、国家機関、国有会社・企業、事業単位、人民団体に財物を供与し、又は経済取引において、国の規定に違反して各種名義のリベート、手数料を供与した場合、3年以下の有期懲役又は拘留と罰金が併科される。
今回の改正案により、同類型の行為であっても情状が重大なものについては刑を加重し、3年以上7年以下の有期懲役と罰金を併科するものとされた。
(3)単位贈賄罪
現行刑法393条によると、会社が不当な利益を図るために贈賄し、又は国の規定に違反して、国家工作人員にリベート、手数料を供与し、情状が重大である場合、会社は罰金により、直接責任を負う主管者とその他の直接責任者は5年以下の有期懲役又は拘留と罰金の併科により処罰される。
今回の改正案は、直接責任を負う主管者とその他の直接責任者に対する法定刑を2段階とし、通常の場合は3年以下の有期懲役又は拘留と罰金の併科、情状が特に重大な場合は3年以上10年以下の有期懲役と罰金の併科とした。
これらの改正を整理すると、一面においては、これまで5年以下と3年以下に分かれ統一されていなかった通常の場合における法定刑を3年以下に統一し、他面においては、加重処罰を導く重い情状を追加された。これは、贈収賄罪の全体的な量刑基準の統一性を保証し、より合理的な量刑を可能にするものと評価される。
また、現行刑法によると、単位収賄罪と単位贈賄罪の責任者に対する法定刑はいずれも5年以下の有期懲役であるのに対し、対非国家工作人員の単位贈賄罪については、通常の場合における3年以下の有期懲役、情状が重大な場合における3年以上10年以下の有期懲役という2段階の刑罰とされているため、非国家工作人員に対する贈賄が国家工作人員に対する贈賄よりも却って重く処罰される可能性があり、合理性を欠いていた。この点、今回の改正は、法定刑の内容と情状の軽重に基づく加重処罰の段階などに準じた整合を行うことにより、さらに公平で合理的な立法を実現した。
4. 同種営業不法経営罪
これまでの中国の立法においては、企業の腐敗行為に対する規制の重点が国有会社・企業及びこれらの職員に置かれていた一方、民営企業内部に対する規制は限られていた。今回の改正前の刑法は、民営企業の腐敗行為について、業務上の横領、非国家工作人員による収賄、資金流用に関する3つの犯罪類型しか定めていなかった。今回の改正案の後においては、民営企業の関係者にも、国有会社・企業の関係者による腐敗行為の一部に対する現規制と同等の規制がなされることとなり、その具体的な類型は、「同種営業不法経営」(中国語:非法经营同类营业)、「親類・友人不法図利」(中国語:为亲友非法牟利)及び「私利のために不正を行って、廉価で株式換算し、会社、企業の資産を売却する」(中国語:徇私舞弊低价折股、出售公司、企业资产)の3つとなる。
(1)法律規定
この犯罪類型に関し、現行刑法165条は、国有の会社又は企業の董事又は経理[1]が職務上の便宜を利用して、自己が任職する会社又は企業と同種の営業を自ら、又は他人のために営むことにより不法な利益を取得し、それが巨額であるときは、3年以下の懲役若しくは拘留と罰金を併科し、又は罰金を単科し、それが特に巨額であるときは、3年以上7年以下の懲役と罰金を併科するものと定めている。
これについて、改正案は、国有の会社又は企業の監事又は高級管理職も犯罪主体に追加したほか、その他会社又は企業の董事、監事又は高級管理職が法律又は行政法規の規定に違反して前項に定める行為を行い、よって会社又は企業の利益に重大な損害を生じさせたときも、前項と同様とするものと定めた。
(2)要点の解説
まず、本罪の主体の範囲について、現行の国有の会社・企業における「董事又は経理」に「高級管理職」を追加され、民営企業の犯罪主体も、これと統一して「董事、監事又は高級管理職」と定められた。2024年7月1日施行の改正会社法(以下、「新会社法」という)においても、会社の管理責任は主に董事、監事又は高級管理職が負うものとされており、この改正は、新会社法に定める責任追及の対象者との整合も図っている。
また、本罪の行為について、刑法165条によると、「同種営業の経営」とは、「職務上の便宜を利用して、自己が任職する会社と同種の営業を経営する」行為をいうものとされている。国家監察委員会のウェブサイトにおける国有会社・企業による本罪の実行に関する解説[2]によると、①「職務上の便宜の使用」は、自己が会社において市場、販売、人事等に関する経営上の意思決定を行う権限を利用することのほか、職務と関連して知りえた会社の生産・販売計画、企業投資方針等の重大な情報を利用することを含み、②「経営」には、「自己による経営」と「他人のための経営」の2つがあり、自己若しくは他人の名義で登録・登記をした会社・企業で経営を行うこと又は他人が経営する会社の株式を取得してその経営を行い、若しくは雇用・招聘により管理職を務めその管理に関与することをいい、③「同種営業」とは、行為者が営む経営範囲の一部と、同人が任職する会社の登録・登記を経た経営範囲とが同一の類別に属すること又は経営範囲が形式的に異なっていても、行為者の営業が同人の任職する会社・企業と競争関係若しくは利益相反関係にあることをいうとされている。
さらに、民営企業の董事、監事又は高級管理職が同種の営業を営んだ場合に、その行為のすべてが違法となるわけではなく、「法律又は行政法規の規定に違反して」、かつ、「会社又は企業の利益に重大な損害を生じさせた」を充足して初めて、犯罪が成立するものとされている。この点に関し、現行会社法148条は、董事及び高級管理職に対して、株主会又は株主総会の同意を得ずに、職務上の便宜を利用して、自己又は他人のために会社の商機を奪い、任職する会社と同種の業務を自営し、又は他人のために経営することを禁止しており、新会社法も、類似の規定を定めるほか、その主体の範囲に監事を加えた「董事、監事及び高級管理職」への拡大を行っている。したがって、会社の株主会又は董事会に報告して決議を経た同種営業の経営は、犯罪が成立しないと解される。
5. 親類・友人不法図利罪
(1)法律規定
この犯罪類型に関し、現行刑法166条は、国有の会社、企業又は事業単位[3]の従業員が職務上の便宜を利用して親類・友人のために不法な図利行為を行い、よって国の利益に重大な損害を生じさせたときは、3年以下の懲役若しくは拘留と罰金を併科し又は罰金を単科し、国の利益に特に重大な損害を生じさせたときは、3年以上7年以下の懲役と罰金を併科するとしている。そのほか、3類型の親類・友人図利行為の詳細について定めている。
改正案は、この図利行為の範囲を若干拡大し、本罪を成立させるのは、①自己の所在する会社・企業・事業単位の営利業務を自己の親類・友人に引き渡してその経営をさせる行為、②市場価格よりも明らかな高値で自己の親類・友人が経営管理する単位から商品の購入若しくは役務の享受をし、又は市場価格よりも明らかな低値で自己の親類・友人が経営管理する単位に対し商品の販売若しくは役務の提供をする行為、③自己の親類・友人が経営管理する単位から不適格な商品又は役務の購入又は享受をする行為であることを明らかにした。
それ以外に、改正案の下では、その他会社又は企業の職員が法律又は行政法規の規定に違反して前項に定める行為を行い、よって会社又は企業の利益に重大な損害を生じさせた場合も、前項と同様とするものとされた。
(2)要点の解説
まず、本罪の主体について、その範囲は同種営業不法経営罪よりも広く、会社・企業のあらゆる従業員がこれに含まれるが、その理由は、忠実義務を負う董事・監事・高級管理職のみならず、それ以外のいかなる従業員も、委託、労働契約等の法律関係の下、自己とその親類・友人との取引によって会社・企業の利益を害してはならないことが義務づけられているからである。しかし、会社法の規定によると、同法は、董事・監事・高級管理職による関連行為の管理に重点を置いているのであり、一般従業員の行為に関する禁止規定及びその許可の手続は、明確には定められていない。実務上、従業員の行為規範を定めているのは、従業員マニュアル等の社内規定であることが多い。
次に、改正案は、親類・友人図利行為の範囲を従来の「商品」から「商品又は役務」へと拡大し、無形的な役務の購入も含めるものとしたが、これも実務における取引の要請に適合する。
さらに、民営企業の従業員が親類・友人のため不法に利益を図る行為は、同種営業不法経営罪と同様に、「法律・行政法規の規定に違反すること」及び「会社・企業の利益に重大な損害を生じさせること」のいずれも充足する場合に初めて刑事責任が問われる。董事、監事及び高級管理職の行為について、現行会社法148条及び新会社法182条の規定からすると、株主会又は董事会の決議を経ていれば、企業の利益に影響を与え、あるいは損失を生じさせることになっても、本罪が成立しないと解される。
6. 会社、企業資産私利廉価株式換算及び売却罪
(1)法律規定
現行刑法169条は、国有の会社若しくは企業又はこれらの上級主管部門において直接に責任を負う主管者が私利のために不正を行って、国有資産の株式の換算又は売却を廉価で行い、よって国の利益に重大な損害を生じさせたときは、3年以下の懲役又は拘留に処し、国の利益に特に重大な損害を生じさせたときは、3年以上7年以下の懲役に処するものと定めている。
改正案は、これに加え、その他会社又は企業において直接に責任を負う主管者が私利のために不正を行って、その会社又は企業の資産の株式への換算又は売却を廉価で行い、よってその会社又は企業の利益に重大な損害を生じさせたときも、前項と同様とするものとした。
(2)要点の解説
本罪の主体について、改正案はこれを、民営企業において直接に責任を負う主管者へと拡大した。国家監察委員会のウェブサイトにおける国有会社・企業による本罪の実行に関する解説[4]によると、直接に責任を負う主管者とは、会社による関連取引又は関連資産の売却について決定権又は処分権を有する者をいう。
次に、本罪の行為は、「廉価株式換算」と「廉価売却」の2つであり、これに関しても国家監察委員会ウェブサイトの解説によると、通常、「廉価株式換算」とは、会社の資産を故意に過小評価して価格設定を行い、株式に換算して出資とすることをいい、「廉価売買」とは、会社の資産をその実際の価値より低い価格で他人に売り渡すことをいう。しかし、「廉価」の認定方法については法令に明確な規定がないが、国有会社・企業の実務を参照すると、資産評価に基づく価値判断が求められる可能性が高い。
本罪は、既述の2つの犯罪類型と異なり、改正案の規定において「法律又は行政法規の規定への違反」が要件とされておらず、私利のために不正を行って廉価で処分する行為があれば、それのみで成立しうる。実務上、民営企業については、種々の考慮からその価値より低い価格で株式又は出資持分の譲渡を行うケースが見受けられるが、法的観点からのその適否については、「私利不正」の主観的な意思と客観的な行為の有無のほか、「会社・企業の利益の重大な損害」という客観的な結果を総合的に勘案して判断する必要がある。
7. おわりに
今回の改正案は、国有会社・企業に対する規制を参考して、民営企業における一部の腐敗行為を犯罪化したものであり、商業主体の行為に対する平等で全面的な規範化に資するとともに、民営企業に対するコンプライアンス管理確立の要求が今後ますます強まることを予感させる。他方、新たに犯罪化された民営企業の腐敗行為について、その認定や量刑が具体的にどのように行われるか不明確な部分がまだ残され、これに関しては、今後における司法解釈や実務ガイドラインの公表が待たれる。
ここにおける「経理」は、総経理をいうものと解される。
「事業単位」とは、社会の公益目的のために、国家機関が設立し、又は他の組織が国有資産を利用して設立する組織であって、教育、科学技術、文化、衛生などの活動を行う社会サービス組織をいう。