在中国外資系企業の移転をめぐる法実務 ―労働契約履行上の労使問題を中心に

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1.はじめに

2020年初頭に始まった新型コロナウイルス流行の影響などを受けて、日本政府は、2020年3月~4月にサプライチェーンの再構築を打ち出し、特定の製品については日本への生産回帰の費用を補助する政策も明らかにした。これは中国撤退支援策ではないかと中国でも大きく議論されているが、巨大な市場規模、比較的整備された産業チェーン、労働者の熟練度等に鑑みると、日系企業の中国撤退が一気に進むとは考えにくい。しかし、今回のウイルス流行は、それにより中国の一部の地域のメーカーが一時生産停止に追い込まれるなど、生産拠点の合理的な配置・分散化の重要性を強く意識する契機となり、今後、外資系企業の中国国内での移転も増えていくと予想される。

これに加え、近年、中国においては、都市化の進展、産業構造の調整、環境保護規制の強化などの客観的要因のほか、サプライチェーンの再編、経営資源の効率化、人件費の削減などの主観的要因のため、その経営場所を移転する外資系企業(特に製造業)が多く見受けられるようになった。

外資系企業が移転を決定すると、労使関係・雇用管理、既存の取引契約の変更・解除又は新規締結、環境規制への対応のほか、政府の立退要請に起因する権利義務関係の調整など、種々の法的問題と直面することになる。これらが外資系企業に及ぼす影響は大きく、慎重な対応が望まれる。そこで、本稿では、外資系企業の移転にあたり大きな関心が寄せられる労使関係・雇用管理問題をめぐり、外資系企業移転の背景・要因を論じたうえ、この問題の解決につき考察することとしたい。

2.企業移転による労働契約履行への影響

企業が移転すると、従業員の勤務地も変わることとなる。そこで、この勤務地変更について従業員の同意を得なければならないのか、また、従業員は企業に対し労働契約の解除及び経済補償金の支払を要求する権利を有するのか、といった問題が生じる。

中国労働契約法17条、35条は、労働契約においては、使用者の住所、従業員の勤務場所に関する条項を設けなければならず、労働契約の変更は従業員との合意に基づき書面をもって行うと定めている。よって、この規定の文言からすれば、労働契約に定めるこれらの事項を変更するためには、従業員の書面による同意が必要になるものと解される。例えば、労働契約で勤務場所を北京市A区と定めており、これを北京市B区に改めるには、労働契約の変更をしなければならないと解される。

一方、実務においては、次のとおり、企業の移転が同一市内か否かによって、その解釈が異なる。

(1)同一市内の企業移転

次のような各地の労働人事関連法令のほか、司法実務を通じた検討からすると、同一市内の企業移転であって、従業員の労働契約履行に著しい影響がなく、かつ、企業が合理的な措置を講ずるのであれば、労働契約は継続し、この場合、勤務地の変更について従業員の同意を得る必要はなく、従業員も労働契約の解除とそれに伴う経済補償金の支払を要求することはできないものと解される。すなわち、従業員が勤務地の変更を拒否して労働契約の解除を求めた場合、企業に経済補償金の支払義務は生じない。

 これに関し、北京市高級人民法院、北京市労働人事紛争仲裁委員会が共同で発した「労働紛争事件の審理における法律適用の問題に関する回答」8(以下、「北京市回答」という)6条は、使用者が労働者の勤務地を一方的に変更しうることを労働契約に定めたとしても、勤務地変更の合理性に関する審査をしなければならず、この審査にあたっては、労働者の生活への影響のほか、使用者が合理的な補填措置(例えば、交通費の支給、通勤バスの手配等)を講じたか否かも考慮すべきとしている。

また、広東省人力資源社会保障庁の「企業構造転換過程における労働紛争予防業務に関する意見」92条には、「企業の移転が市行政区内で行われ、従業員が通勤に公共交通機関を使用することができ、又は企業が交通費補助の支給、無料送迎車の手配等の便宜を図り、労働者の生活に著しい影響を及ぼさない場合には、労働契約は継続する。原労働契約の履行が継続するとき、企業は経済補償金を支払うことを要しない」との定めがある。広東省高級人民法院の「労働争議事件における難題の審理に関する回答」10(以下、「広東省回答」という)9条後段においても、「企業の移転が労働者に明白な影響を与えない場合であって、使用者が合理的な補填措置(例えば、通勤バスの手配、交通費の支給等)を講じたとき、労働者に労働契約解除の十分な理由はなく、企業は労働契約解除時の経済補償金を支払うことを要しない」とされている。

(2)市外への企業移転

企業が市外に移転する場合、基本的に、企業は労働契約法40条3号11に基づき、従業員に対する経済補償金などの支払を条件として労働契約を解除することができる。一方、移転先での勤務を望まない従業員側も、企業との労働契約変更に合意できないとして、同号に基づき企業に対し労働契約の解除を申し入れることができ、この場合、従業員は、企業に対し経済補償金の支払を要求しうると解される。ただし、その法定要件たる「客観的状況の重大な変化」については、後述のとおり、地方(例えば、北京市)によって異なる規定が設けられていることから、ケースバイケースで検討しなければならない。

まず、この「客観的状況の重大な変化」に関し、国レベルの規定としては、「『労働法』の若干の条項に関する説明」1226条が「不可抗力の発生又は会社の移転、合併、企業資産の移管等により、労働契約の全部又は一部の条項を履行しえない状況となった場合」をいう、と定めている。

また、地方レベルの規定として、例えば「広東省回答」9条前段によれば、労働契約の変更に関し従業員と合意に達しない場合、労働契約法40条3号に基づき、企業は経済補償金を支払って、労働契約を一方的に解除することができるほか、企業の移転は、それが計画的、主体的に行われたか、何らかの事情ゆえに余儀なくされたかを問わず、「客観的状況の重大な変化」に該当するものと解される。しかし、その一方で、「北京市回答」12条は、法令・政策の変更を受けて行われる企業移転は「客観的状況の重大な変化」に該当するが、企業において計画的、主体的に行う移転は必ずしも該当するとは限らないとしている。したがって、企業所在地の地方の規定等を確認のうえ、それに基づきこの要件が充足されるか否か検討する必要がある。

もちろん、「客観的状況の重大な変化」の要件が充足されない場合でも、企業は従業員との合意に基づき、労働契約を解除することができる

3.企業の対応方法

以上のとおり、企業の移転時における労働面の対応方法については、まず、移転前に従業員との協議をなるべく早期に開始することが望まれる。市外移転の場合、勤務地の変更に関する労働契約変更合意書を従業員と取り交わすことが必要となるが、同一市内での移転に伴い労働契約の変更(例えば、労働契約に定める勤務地の変更)が必要となる場合も、慎重を期するため、市外移転と同様に、労働契約の変更につき従業員と書面により合意することが望まれる。

企業移転は従業員の切実な利益に直接関わる重要事項に該当するものと解されることから、労働契約法4条に基づき、従業員代表大会又は従業員全員による討論のうえ、方案や意見を提出させ、これに基づき労働組合又は従業員代表と平等な立場で話し合うことが必要だと考えられる。

また、同一市内で移転する企業が通勤バスの手配や、交通手当の支給、通勤時間の調整等の措置により、従業員の権利・利益に配慮したにもかかわらず労働紛争が生じた場合には、上記のとおり、使用者としての義務を果たしたと主張することができる。

さらに、企業の移転により労働契約の履行を継続しえなくなった場合、従業員との合意による労働契約解除が望ましいが、この合意が困難なときには、地方の関連規定に応じて、労働契約法40条3号に基づく労働契約の一方的解除を視野に入れて対応することが考えられる。

なお、実務上、企業移転にあたって労働問題の処理を容易にするため、旧工場を閉鎖のうえ企業を解散清算し、従業員全員との労働契約を解除又は終了した後に、移転先に設立した新会社において改めて従業員との労働契約を締結するケースも見受けられる

多数の労働者の利益に関わる企業の移転は、集団的事件の発生を招来しやすい。そのような事態を避けるためには、法定手続に則り、証拠を確保しつつ、着実にそれを進めることが重要となる。また、経済補償金の金額にある程度上乗せすれば、労働契約の解除・終了をめぐる労働者との合意形成が促進されやすくなるものと思われる14。

4.おわりに

以上のように、各種の企業にとってサプライチェーンの再編が課題となる中、企業移転のケースも今後増加していくものと思われるが、冒頭でも述べたとおり、その実行にあたっては、労使関係・雇用管理に起因する権利義務関係の調整など、幾多の法的問題と直面する。それゆえ、移転を行う企業においては、これに関連する法的問題と関連法令を正確に把握する必要がある。いずれにせよ、必要に応じ弁護士等の専門家に相談しつつ、具体的な事情に応じて各種の事項を遂行していくことが望まれる。

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