インサイト,

新たな「婦女権益保障法」における女性従業員の 労働コンプライアンス問題についての考察

中国 | 日本
Current site :    中国   |   日本
オーストラリア
中国
中国香港特別行政区
日本
シンガポール
米国
グローバル

1.初めに

中国における「婦女権益保障法」は、1992年の施行以来、2015年、2018年に2回の改正が行われている。同法の第3回目の改正として、2022年10月30日に改正案が可決され、新たな「婦女権益保障法」(以下、「新法」という)が公布された。新法は、2023年1月1日から効力が生じ、施行される。今回の改正は、職場でのセクハラ禁止、女性の平等な就業の保護、個人情報保護などの面を主として、労働者の雇用に関して新たな要求を設け、使用者の関連法的責任を明確にするものとなった。本稿では、上述した企業の日常的な経営管理と密切に関わるいくつかの問題をめぐり、新法が労働者の雇用に関して設けた新たな要求を踏まえて、新法の改正内容を解説するとともに、企業の労働者雇用に関するコンプライアンスの問題について提言するものとしたい。

2.職場でのセクハラ防止

(1)セクハラの定義

セクハラについて、2018年改正の「婦女権益保障法」(以下、「旧法」という)は、「婦女に対するセクハラを禁止する」との原則的な規定にとどまっていたが、新法23条1項では、「民法典」1010条1項の規定[1]と一致させ、セクハラの定義を「婦女の意思に反して、言語、文字、画像、身体的行為等の方法によって他人に性的な嫌がらせを行うこと」として明確にした。ただし、この定義においては、今回の改正草案二次審議稿におけるセクハラの具体的な行為を列挙する方式[2]は取られておらず、実務上の具体的な事件におけるセクハラの認定に際し、司法機関等に自由裁量権を与えるものとなっている。

(2)職場でのセクハラ禁止

職場でのセクハラ禁止について、新法25条は、使用者が婦女に対するセクハラを防止、制止する義務を負うことを明確にし、使用者が講じるべき措置を全面的に列挙した。具体的には、①セクハラ禁止に関する規則制度の制定、②責任を負う機構又は人員の明確化、③セクハラの予防・制止に関する教育・研修活動の実施、④必要な安全防衛措置の実施、⑤相談用の電話・メールボックスの設置によるスムーズな相談ルートの確保、⑥調査・処理手続の構築と整備による速やかな紛争処理及び当事者のプライバシーと個人情報の保護、⑦被害を受けた婦女に対する法による権利保護の支援・協力、及び必要に応じた心理カウンセリングの提供などの措置が含まれる。これは、「民法典」1010条2項の「機関、企業、学校等の組織は、合理的な予防、苦情・相談の受理、調査処理等の措置を講じ、職権・従属関係等を利用して行うセクハラを防止、制止しなければならない。」との規定を具体化したものであり、使用者による職場でのセクハラ防止の実行性を高めるものとなっている。

また、新法80条2項では、使用者がセクハラを予防、制止する合理的な措置を講じなかったことによる法的な結果について規定し、婦女の権益が侵害を受け、又は社会的な悪影響が生じた場合には、上級の機関又は主管部門が是正を命じ、是正を拒否し、又は情状が重大である場合には、法により直接責任を負う主管人員及びその他の直接責任者に処分を科す、としている。さらに、新法77条によれば、関連する組織がセクハラを予防、制止する合理的な措置を講じなかった場合には、検察機関は法により公益訴訟を提起できる。

これらの規定からわかるように、使用者としては、セクハラ禁止をスローガンだけにとどめるのではなく、効果的かつ完全なセクハラ防止メカニズムを構築して、法律上の義務をしっかりと履行しなければならない。

3.女性の平等な就業及び特殊従業員の保護

(1)就業差別の排除

新法は、就業上の性差別の具体的な状況を明確にし、就業上の性差別を労働保護に関する監察の範囲に組み込むとした。

具体的には、人員の募集に関して、新法は旧法における就業上の性差別に関する規定[3]を拡大し、43条において、企業が人員募集において行ってはならない性差別の具体的な行為を明確に規定した。それには主に、①職位を男性に限定する、又は男性優先と規定すること、②個人の基本的な情報以外に、女性求職者の結婚・出産の状況を詳しく尋ねる又は調査すること、③妊娠検査を入職時の健康診断の項目とすること、④結婚・出産を制限する、又は結婚・出産の状況を採用(登用)条件とすること、⑤その他、性別を理由として婦女の採用(登用)を拒否する、又は婦女の採用(登用)基準を差別的に引き上げる行為が含まれる。

また、新法49条で就業上の性差別を労働保護に関する監察の範囲に組み込むとしたうえ、使用者において性差別行為が発生した場合の法的な結果を明確にした。新法83条によれば、使用者において就業上の性差別行為があり、是正を拒否し、又は情状が重大な場合には、人力資源・社会保障部門は1万元以上5万元以下の過料を科すことができる。このように、新法の正式な施行に伴い、使用者としては自社の採用・登用及び従業員の雇用に際し、性差別行為がないか確認するとともに、新法の要求に従いコンプライアンス面での調整を行うことが必要となる。

(2)従業員の雇用における女性への特別な保護

新法では女性に対する就業上の差別を解消するほか、女性の生理的特徴に配慮し、女性に対する一連の特別な保護を設けている。

まず、新法44条において、労働契約の特別保護条項についての新たな規定を設け、企業に対し、女性従業員と締結する労働契約又はサービス契約には、女性従業員に対する特別な保護条項を定めることを求めたうえ、女性従業員の結婚、出産等を制限する内容を規定してはならないとした。また、従業員と締結する集団契約には、男女平等及び女性従業員の権益保護に関する内容を定めなければならない。

次に、女性従業員の労働における健康保護について、新法31条に新たな規定を設け、使用者に対し、女性従業員のための定期的な婦人科疾患、乳腺疾患の検査、及び女性にとって特別に必要なその他の健康診断を手配するよう要求している。

さらに、新法48条では、三期女性従業員に対する特別な保護も強化している。使用者に対し、結婚、妊娠、産休、授乳等の事情を理由に、女性従業員への福利待遇を下げないよう求め、女性従業員の昇級、昇格、専門技術の役職及び職務の評価・任命に関して制限を設けてはならず、女性従業員を解雇したり、労働(雇用)契約又はサービス契約を一方的に解除したりしてはならないと定めている。また、48条にも新たな規定を設け、特別な場合を除き、女性従業員の妊娠期間及び法により産休を取得できる期間中に、労働(雇用)契約又はサービス契約が期間満了となるとき、労働(雇用)契約又はサービス契約の期限は自動的に産休が終了するまで延長されるとした。新法においては、授乳期間中の女性従業員の労働契約解除に関する保護規定はないものの、「労働契約法」42条及び45条の規定に基づき、労働契約の期間満了時に、女性従業員が妊娠期、産休期間、授乳期間にある場合には、労働契約の終了は相応の事由が消失するまで延期しなければならないため、使用者としては、依然として「労働契約法」の規定に従って実行する必要がある。

最後に、新法83条では女性従業員の特別な保護に関する規定に違反した場合の法的結果について定めており、人力資源・社会保障部門が是正を命じたにもかかわらず、是正を拒否し、又は情状が重大な場合には、1万元以上5万元以下の過料を科すとした。このように、新法の施行後に女性従業員の三期期間中に労働争議が発生した場合には、使用者は民事紛争に直面するだけでなく、行政責任も負うことになる恐れがある。

4.個人情報保護の強化

まず、旧法に規定された肖像権、名誉権、栄誉権及びプライバシー権を基礎として、新法でも28条1項において婦女の姓名権、個人情報も人格権として法律の保護を受けると定めており、「民法典」及び「個人情報保護法」と呼応するものとなっている。

次に、新法29条では、女性のプライバシー及び個人情報保護に関する具体的な要求を定め、恋愛、交友を理由として、又は恋愛関係の終了後や離婚後に、女性への付きまといや嫌がらせ、婦女のプライバシーや個人情報の漏洩、伝播を行うことを禁止している。女性が上述侵害を受けたり、上述侵害の現実的な危険性に直面したりした場合には、人民法院に人身安全保護令を出すよう求めることができる。

さらに、実務における使用者による過度な個人情報の収集といった不当な行為について、新法43条では、国の別段の規定がある場合を除き、使用者が人員を募集する際に、女性求職者に対して要求できるのは基本的な個人情報の提供のみであるとし、同人の婚姻・出産状況を調査してはならず、妊娠検査を入職時の健康診断項目に加えてはならないと定めている。これは、婚姻・出産に関する情報や妊娠の有無は、いずれも通常は人員募集に必要な個人情報ではないからであり、使用者は過度な収集を行ってはならない。もちろん、関連する職場や業務が月経期間、妊娠期間、出産期間、授乳期間の女性従業員が従事するには適さない場合や、女性従業員が結婚休暇や育児休暇の取得を求めた場合などにおいては、使用者が女性従業員の婚姻・出産に関する情報を集めることが認められると解される。

したがって、新法の施行後、使用者が「個人情報保護法」に基づき従業員の個人情報を取り扱う場合において、女性従業員の個人情報、なかでも婚姻・出産などに関する女性の特別な権利・利益と密接に関わる情報を扱う際には、特に注意を払う必要がある。

5.使用者への提言

新法の施行に伴い、使用者たる企業としては、新法の新たな内容や改正事項に十分注意して、法律面の要求をしっかりと実行できるように、関連する自社の規則制度を見直し、女性従業員雇用の過程におけるコンプライアンス上のリスクを整理する必要がある。前述の分析を踏まえ、使用者に対して次の提言をさせていただく。

(1)速やかに規則制度を修正、効果的なセクハラ防止メカニズムを構築すること。例えば、新法25条の規定を参考に、規則制度や従業員ハンドブックにおいてセクハラの実行形態、実行主体に対する紀律処分及び関連責任者の職責範囲を明らかにすることなどが考えられる。さらに、一連の研修・講座の開催、相談窓口の設置、速やかな調査・処分などを含め、職場でのセクハラ予防・制止制度が日常的な管理において実際に機能するようにすることも重要である。

(2)新法を基準として、現行の人員募集、採用、従業員管理に関する流れや書類を整理し、その中に性差別に関わる内容がないかチェックするとともに、必要に応じて修正し、性差別に起因して法律その他の面での悪影響が生じることを防ぐこと。

(3)女性従業員に対する特別な雇用保護及び法に従い個人情報の取り扱いを強化すること。労働契約、集団契約において女性従業員の権利・利益の保護に関する内容を設けるほか、適時かつ定期的に女性従業員のための特別な健康診断を手配するとともに、個人情報の保護を強化する必要がある。

「民法典」1010条1項:他人の意思に反し、言語、文字、画像、身体的行為等の方式によって他人にセクハラを行ったときは、被害者は、法に従い行為者に民事責任を負うよう請求する権利を有する。

「婦女権益保障法(改正草案二次審議稿)」25条:次の方式により婦女に対してセクハラを行うことを禁止する。(1)性的な意味、性的な暗示を含む言語表現(2)不適切、不必要な身体的行為(3)明らかに性的意味を持つ画像、文字、情報、言語、動画等の展示又は伝播(4)職権、従属関係、優位性のある地位又は看護職責を利用し、プライベートな関係への発展又は性的関係の発生によりある種の利益を得られると暗示又は明示すること(5)その他セクハラと認定されるべき状況

旧法23条1項、2項:各事業者が従業員を雇用する際には、婦女に不適切な職種や職位のほか、性別によって婦女の採用を拒否したり、婦女の採用基準を引き上げたりしてはならない。各事業者が女性従業員を採用する際には、法により同人と労働(雇用)契約又はサービス契約を締結しなければならず、労働(雇用)契約又はサービス契約には、女性従業員の結婚、出産等を制限する内容を規定してはならない。

参考資料

  • [1]

    「民法典」1010条1項:他人の意思に反し、言語、文字、画像、身体的行為等の方式によって他人にセクハラを行ったときは、被害者は、法に従い行為者に民事責任を負うよう請求する権利を有する。

  • [2]

    「婦女権益保障法(改正草案二次審議稿)」25条:次の方式により婦女に対してセクハラを行うことを禁止する。(1)性的な意味、性的な暗示を含む言語表現(2)不適切、不必要な身体的行為(3)明らかに性的意味を持つ画像、文字、情報、言語、動画等の展示又は伝播(4)職権、従属関係、優位性のある地位又は看護職責を利用し、プライベートな関係への発展又は性的関係の発生によりある種の利益を得られると暗示又は明示すること(5)その他セクハラと認定されるべき状況

  • [3]

    旧法23条1項、2項:各事業者が従業員を雇用する際には、婦女に不適切な職種や職位のほか、性別によって婦女の採用を拒否したり、婦女の採用基準を引き上げたりしてはならない。各事業者が女性従業員を採用する際には、法により同人と労働(雇用)契約又はサービス契約を締結しなければならず、労働(雇用)契約又はサービス契約には、女性従業員の結婚、出産等を制限する内容を規定してはならない。

お知らせ
インサイト
「両用品目輸出管理条例」(以下、「条例」という)が、国務院第41回常務委員会会議における可決(2024年9月18日)を経て2024年10月19日に公布され、同年12月1日から施行される予定である。この「条例」は、輸出管理法を更に徹底するものであり、発展と安全の総合的な均衡を図り、両用品目輸出管理における従来の実務の総括と国際的な経験に基づいて輸出管理の措置を整備し、国の安全と利益の維持のために制度的な支柱と法治による保障を与えることをその目的としている。本稿においては、全6章50条からなる「条例」の要点を解説し、企業の実務運用上の参考を提供するものとしたい。輸出管理・制裁,日本業務

2024/12/03

インサイト
中国広告法は、1995年2月1日の施行以来、これまで計3回にわたり改正が行われた。公開情報によると、広告法違反による処罰件数は2022年及び2023年のいずれも約2.5万件に達し、日系企業が対象となった事例も見受けられる。処罰されると、過料の金銭的負担のみならず、大々的な報道によるレピュテーション(評判)への影響も懸念される。本稿では、中国における広告宣伝が持つ独特の注意点や、中国で事業展開する外資系企業が遭遇しやすい広告法上の問題や注意点について論ずるものとしたい。

2024/08/19

インサイト
近年、コロナ禍とマクロ経済の影響を受けて中国経済の低迷が続く中、多くの企業が市場需要の縮小、コストの上昇、サプライチェーンの阻害という苦境と直面している。コーポレート・M&A-日本業務

2024/05/20