中国初の自己破産制度の試み

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1.はじめに

中国において、企業に対する破産法令は整備されているが、全国レベルの自然人個人による自己破産制度は設けられていなかった。実務上、債務を弁済できない自然人債務者の中には、悪意をもって債務を逃れようとしているわけではなく、純粋に弁済能力がないという債務者も実際には相当数存在し、こうした債務者を苦境から救い、正常な生活を取り戻させる合法的な手立てがない、というのが実情である。そのため、自己破産に関して実際のニーズに合わせた立法が望まれている。

そうしたなかで、2020年8月26日に「深セン経済特区自己破産条例」(中国語:「深圳経済特区個人破産条例」、以下、「条例」という)が公布され、2021年3月1日から施行された。「条例」は計13章からなり、申立及び受理、債務者の財産、債権の届出、破産費用及び共益債務、破産清算、再生、和解等の内容を含んでいる。この「条例」は、浙江台州、広東東莞等の地方の人民法院における個人の債務整理に関する経験を踏まえ、深センが中国の特色ある社会主義の先進的な示範区として、示範的役割を十分に発揮するために制定された条例であるといえる。立法趣旨からすると、「条例」は、「誠実で不幸な債務者を救済し、悪意による債務逃れを防止する」という面がある一方、債権者の自然人債務者(例えば、企業債務において担保提供、連帯責任を負う法定代表者、個人事業主等)からの債権回収若しくは一部回収の実現を手助けするという一面もある。本稿では債権者がいかに債権を回収するかという点を切り口として、深センでの自己破産制度における破産清算手続の重要なポイントを紹介するものとしたい。

2.自己破産手続の概要

(1)適用対象

「条例」2条によると、自己破産の適用対象は、深セン特区に居住し、かつ深セン社会保険に連続して満3年間加入している自然人とされている。これに関しては3つの点が注目に値すると思われる。

① 適用対象の身分:申立人は、「居住」及び社会保険料を一定年数納めているという基本条件を満たしている必要があるが、深セン戸籍の取得の有無は問われない。外国人への適用可否について、「条例」は明確に排除するとはしていないが、今後の関連規定及び実務上の整備が待たれる。

② 個人事業主への適用可否:「民法典」において個人事業主は「自然人」の章に規定されており、また、個人事業主の債務は個人財産若しくは家族共有財産をもって負担すると定められているため、個人事業主には「条例」を適用しうると解される。

③ 夫婦共同破産の適用:「条例」171条の規定によると、夫婦のうち一方が深センにおいて自己破産手続に入った場合、その配偶者は、同時に本条例の適用を受け、自己破産手続に入ることができる。

(2)申立条件

「条例」8条及び9条によると、「条例」の規定に適合する債務者本人のほか、債務者に対して単独又は共同で50万人民元以上の期限到来済みの債権を有する債権者も、人民法院に破産を申し立てることができる。債権者が申立てを行う場合、特に注意を要するのは、その債務の弁済期限が既に到来していなければならない、という点である。

(3)具体的な手続

企業破産制度と同様に、自己破産制度には破産清算、再生、和解という3つの手続がある。ただし、「条例」9条によれば、債権者が申し立てることができるのは破産清算のみであり、再生及び和解を申し立てることはできない。債権回収という観点からは、破産清算の主な手続として次のものが挙げられる。

① 受理:人民法院は破産申立を受領した日から30日以内に受理するか否かを裁定する。受理すると裁定した場合、人民法院が破産申立を公開した日から15日以内に、債権者は単独又は共同で人民法院に破産管財人(以下、「管財人」という)を推薦することができる。

② 債権者による債権の届出:人民法院が破産申立を受理した後、債権者が管財人に対し債権の届出を行う必要があり、債務者の個別債務の弁済活動は終了となる。ただし、債務者が法により負担すべき扶養料、養育費、債務者が雇用する従業員に対して未払いの賃金及び医療、事故後遺症補助、弔慰等の費用、並びに法により雇用する従業員に支払うべき補償金等については、債権者による届出の必要がなく、これらは管財人の調査による確認後、公示される。

③ 債務者による財産の届出:「企業破産法」と異なり、債務者の基本的な生活上の必要等を保障するため、債務者は一部の財産を免責財産(詳細後記)として留保することができる。免責財産は自己破産制度に独特のものであり、管財人が審査を行い、債権者会議に提出して決議を行う。免責財産リストの確定後、管財人は免責財産を除く全ての財産を接収し管理する。

④ 債権者会議の開催:第一回債権者会議は、債権届出期限の満了後、15日以内に人民法院により招集される。債権者会議において、免責財産リスト、債務者財産の管理方法、破産財産の分配方法、債務者の想定外収入の分配方法等について決議を行う。

⑤ 破産宣告:債権者会議で決議され、かつ人民法院の裁定により確認された後、債務者又は管財人は、人民法院に対し債務者に対する破産宣告を申し立てることができる。人民法院が破産宣告の条件に適合していると認定した場合には、債務者の破産を裁定し宣告する。企業の場合は破産を宣告された後に工商登記を抹消する必要があるが、自然人債務者は破産を宣告された後、免責考察期間に入る。

⑥ 破産宣告後:債務者に弁済に充て得る財産がある場合には、管財人が破産財産分配案によって確定された弁済の順序及び割合に従い債権者に分配する。

3.「条例」の要注目ポイントである3つの制度

自己破産と企業破産とで大きく異なるのは、企業が破産宣告を受けた場合、その後、負債が減免されるだけでなく、企業の民事主体資格も消滅することとなるのに対し、自然人債務者が破産宣告を受けた場合、債務者の資産や負債の処理が行われるのみで、債務者の自然人としての主体資格は存在し続ける、という点である。したがって、「条例」の自己破産の清算手続において、より厳格な審査及び監督管理メカニズムが設けられている。次に掲げる3つの制度は、債権者にとって債権実現と密接な関係があるため、注目に値する。

(1)財産免責制度

債務者の人身権に関わる一身専属権を保護し、債務者の基本的な生活上の必要を保障し、債務者の被扶養者、被養育者に対する義務の継続履行を保障するため、「条例」では、財産免責制度を確立している。免責財産とは、自己破産による清算後も債務者が自由に管理でき、管財人による接収管理がなされない財産である。債務者が留保する権利を有する財産は、「条例」に明確に規定された範囲に限られ、具体的には「条例」36条に7種類の免責財産が定められている。これらの財産は債務者が留保することができ、債権者への弁済に充てる必要はない。

実務においては、免責財産の範囲を確定するために、債務者は管財人に免責財産リストを提出し、それに対して管財人が意見を述べ、債権者会議に提出し決議を行う。リストが債権者会議で承認されなかった場合には、人民法院が裁定を行う。

(2)債務免除制度及び「免責考察期間」

企業破産と異なり、個人は破産清算後も日常生活を続けなければならないため、「条例」では債務免除制度を設けている。債務者が破産清算手続を経て「条例」の規定に従い関連義務を履行し、かつ破産に関し詐欺的行為が存しない場合には、法院が未弁済債務の弁済責任を免除する裁定を下す。

もっとも、全ての債務が免除されるわけではなく、「条例」97条では、8つの債務について免除不可としており、これらの債務について、債務者は引き続き弁済義務を負う。

また、債務者が破産手続に入った後、さらに一定期間を経た後でなければ未弁済債務は免除されず、行動制限も解除されない。すなわち、「免責考察期間」が設定されている。「条例」95条、99条によると、免責考察期間は3年間で、人民法院が債務者の破産を宣告した日から起算し、免責考察期間内において、債務者は引き続き債務者の義務及び行動制限を遵守しなければならず、毎月、破産情報システムにおいて個人の収入、支出及び財産状況等の情報を届け出なければならない。これらの義務や行動制限を遵守しない場合には、最長で5年まで免責考察期間が延長されることもある。

「条例」100条、101条によれば、考察期間の満了後、債務者は「条例」の関連規定に従い、人民法院に未弁済債務の免除を申し立てることができる。人民法院は、債務者の申し立て及び管財人の報告を踏まえて、債務者の未弁済債務を免除するか否か裁定すると同時に、債務者に対する行動制限の解除についての決定を下す。

(3)債務者の行動制限

自己破産清算を例にとると、「条例」21条、23条、86条に基づき、人民法院が債務者の破産申立を受理した日から人民法院が債務者の残りの債務につき免除を裁定・決定する日まで、債務者は、消費、就業資格、ローン等の面で制限を受ける。例えば、飛行機のビジネスクラスやファーストクラス、列車の一等寝台車に乗ること、不動産や自動車を購入すること、自らの子女を費用の高い私立学校に通わせること等が禁じられ、また、上場企業、非上場の株式公開会社及び金融機関の董事、監事、高級管理職に就任してはならず、1000人民元以上の借入や同額の与信枠を申し込む際には、貸手や与信供与者に対し本人の破産状況を表明しなければならない。

4、まとめ

以上を総じて、深センの「条例」は自己破産制度についての有益な試みだと考えられ、外国の自己破産に関する立法経験を参考に、免責財産、債務免除等の制度を創設し、中国で初めて「人民法院による裁判+政府の破産管理部門による管理+管財人による実行+公衆による監督」という四位一体の破産処理システムを構築したといえる。最新の運用状況について、4月12日における深セン市中級人民法院の発表によると、すでに260件の自己破産の申立てがあり、そのうち8件が受理されたとのことである。「条例」の施行によって、今後、国レベルでの自己破産立法及び市場主体退出制度の整備に向けた実務経験が蓄積され、市場主体の合法権益の保護がさらに進み、経済が安定的に成長することが期待される。

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